第3話 わたし、瑤子さんに甘えちゃった

 わたし、ちゃんと月命日の15日に食べてたからね、オムライス。


 「オムライスって、やっぱりこっちだよね」って、固めの卵でくるんだチキンライスを小さな子供みたいに、「ごちそうだから」って一口に詰め込んで頬張ってた東軒あずまけんのオムライス。あのお店、あなたがった翌年に畳んだのよ。「オレよりひとつだけど、若いんだから」って、せっかくあなたにおだててもらってたのに、申し訳ないって。毎月同じ15日に、ひとりでそれ食べに来れば、何にも言わなくたって、分かっていたんでしょう。古くてよれてるけど清潔な調理帽ぬいで、綺麗なカッパ禿げ深々と下げてくれた。

「そうね、引退なのね。亡くなったあのひとも、同じようなことを雇われたり自分でやったりのの繰り返しだったけど、最後は自分と相談するだけの方が身軽だからって、ひとりでやって、あなたよりひとつ若くでやめたのよ。あんな風にずぼらに見えて、そういうところだけは妙に筋立てするひとだったから、誕生日を迎える前の日に看板おろしたの・・・・でも、急に卵を見るもの食べるのも嫌いになったんじゃぁ、看板降ろすより仕方ないわね」

 ちょっと、間を置く。そして、眺めてみる。ちゃんとお店の中ぜんぶと、そこをひとりで賄ってた同士を思い出してる東軒の主人の綺麗にお辞儀して呉れてる頭を見る。あの綺麗な禿げ頭の全景、わたしもあのときが初めてだったから、あなた、そのかたちは知らなかったわよね。

 ほんと、まん丸のお月様みたい。


 それからは、電車を乗り継いで浅草まで通った。

 老舗だって看板の東軒の二倍もお金とるところ。でもね、それはそれなりに食べに行く楽しみのある味だし、お店だった。やっぱり、毎月の15日にが喪服で通うんだから、目立つのよね、きっと。わたしより5つ下だって言ってた家付き店付き三代目のおかみさん、そんなひととおり話したら、すぐにわたしの両手掴んで、「毎月、かならずお越しください。店の者一同お待ちしてます」なんて、ほかのお客さんもいっぱい入り中でやるもんだから、なんだか店の一番端っこにいたいような気分になっちゃった。

 それから、毎月15日は、開店少し前の11時にいって、VIPのお忍びみたいな部屋に通されて、オムライス食べた。わたしも還暦むかえる2年前から食が細くなって、一人前は無理だから、子供用の半分にしたものに作り直して出して呉れた。おかみさん、わたしの目の黒いうちはって言ってたけど、わたしよりも2年早くったの。でも、「うちの店、代々女系なんです」って四代目を継いだ娘さんが遺言だからって、そのまま居続けさせてくれたの。最期の足腰危なくて店まで行けなくなった8月8回はちつきはっかいは、家まで、病院まで届けてくれた。お店のケータリングじゃなくて、一人娘ひとりむすめ愛娘まなむすめが家でつくったとっておきを携えて逢いにくるような、そんな感じで電車乗り継いでわざわざやってきてくれたの。

 ってしまうまでの病院での一か月は、瑤子さんが面倒見てくれた。

 多分、そのあとのいろいろな事務仕事もやってくれたんだと思う。明人あきともダメな子じゃないんだけど、こまごましたそういうのって男のひとじゃ無理なところもあるから、あの子の奥さんじゃ名前も忘れちゃいそうなくらい薄いから、結局瑤子さんを頼っちゃった、わたし。おとうさんに出来なかった親孝行の代わりだから気にしないでって、あっけらかんと言ってくれた。それって、まんざら、わたしに気を使わせないためだけではなかった感じだったのよ。

 よかったわよねぇ・・・・瑤子ちゃんに甘えて。

 

 だから、ってすぐに逆打ちぎゃくうちして戻ったとき、最初にこみあげてきたのは、うれしさだったの。

 もう一か月、瑤子さんに面倒を見てもらえるんだって。

 それと、いつでも思い返してしまう、あのときこのときすぐにきちんと伝えてれば良かったことを、後悔しないように、いえるんだ、やれるんだってこと。

 浅草の三代目、四代目のおかみさんにも、逆打ぎゃくうちからなら、何がお気に入りだか分かっているし、喜ぶ顔の見える手土産、持っていけるものね。

 もしかしたら、明人の奥さんにだって、お互いの名前くらいはすぐに思い出せる関係性まで、寄り添えるかもしれない・・・・・・

 

 だから、あたし、あなたが逝ったあとの往きも復りも、全然さみしくなかった。


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