第11話 変わり果てた姿


 さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。引きつったような顔の者、目を見開き口の端を吊り上げている者、それぞれに満面の笑みを…… 嬉しそうに…… 

 特に中心に立っている者…… 

 女…… あの女。






「さすがに無理だよね…… 私もそうだった」


──え! …………私も?


「だから…… 私は、そのロープを使ったんだ…… この恐怖にとてもじゃないけど、耐えられなかったんだ…… この木でね」



「え?」


──何を言ってるんだ? 何の話をしてるんだ、この人は……


 僕は振り向いて、彼女を見……



──え……


 そこに彼女は、いなかった。さっきまで木の側に立っていた。確かに会話もした。

 この断崖に囲まれた島には、身を隠す場所など無い。木が一本だけ生えているが、大人の人間を一人隠してしまう程の大木ではない。


──まさか! 落ちたのか?


 この島から突然、姿を消すには崖から落ちるしかない……



 何だったんだあの女は。何が起こってるんだ。何なんだここは……



 僕は再び、裂け目の向こう側へ目をやる。そこには相変わらず、あの亡霊達が立っている。あの気味の悪い眼で僕を見ている。



 ただ…………



「ああ…… そういうことか……」


 ただ、さっきと違う事がある。裂け目の縁に、並んで立つ亡霊達。その中心辺りに、さっきはいなかった者がいる。



 そう、あの女が。


 

 たった今までこちら側にいた女。黄色地に水玉の派手なワンピース。黒髪のショートボブに大きいリボンがついた白いヘアバンド。


 不思議な印象の彼女が、裂け目の向こう側、亡霊達と並んで僕を見ている。


 しかし、血の気の無い肌の色。所々不気味に透けて見える血管。窪んで漆黒の闇のような眼。彼女の姿は、変わり果てていた……


 

『だから…… 私は、そのロープを使ったんだ…… この恐怖にとてもじゃないけど、耐えられなかったんだ』




 なるほど…… 彼女の首には、くっきりとロープか食い込んだような跡が見える。



 僕は察した……


 彼女もここへ来て、飛び降りる事も、引き返す事も出来ず……


 そして、恐怖から逃れる為にロープで首を吊って亡くなった……


 僕が綱渡りをしたこのロープで……




 でも彼女はどうやって、裂け目を渡ったのだろうか? まさか、僕と同じように綱渡りをしたのか? 



──ん?


 裂け目をどうやって渡ったかは別にして、もし彼女がこのロープで首を吊ったとしたら……




 なぜ、このロープは木と木に括りつけられている? 


 誰が? なんの為に? 




 それより僕はどうする…… どうなる……


 死ぬ為にわざわざ、人気の無いこの山奥まで来た。さっさと死ねばいいのに……


──僕は何をしているんだ……


 綱渡りをしてみたり。この世のものでは無い、得体のしれない何かに怯えてみたり。さっさと死ねばいいのに……


 しかし、断崖の闇の底から這い出ようとしている、あのおぞましい亡者達。

 目の前の邪悪な闇そのもの、そんな眼をした亡霊達。あの女……



 僕はあの者達を前にして、死ぬことも逃げることも、身動きすることすら出来ない……





──死ぬのが怖い…………




 



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