第9話 邪悪な者達

 

──何これ……


 私は怖いと思いながらも、ロープを掴んだ。ずしりと重さを感じた。


 辞めたほうがいいと思いながらも、裂け目に垂らされたロープをゆっくり引いてみる……


 意外にもロープ自体の重さは感じるが、軽く引けそうだった。


 恐る恐る、ロープを手繰り寄せる。特に手応えも無く、裂け目からロープが上がってくる。



 するする…… するする……


──長い



 するする…… するする……


「長いな……」思わず呟いた。



 ロープを引く前は、何か上がってきたらどうしようなどと、思っていた。

 死体とか…… 人骨とか…… 



 するする…… するする……

 呪物とか…… または、生きているもの……



 いや…… それはない、軽すぎる。



 相変わらず手応えは無い……


 するする…… するする……  

 するする…… するっ



──あ……



 終わりは突然だった。


 千切れたようなロープの端が、裂け目からするりと現れた。


「……何なの。何なのよ……」


 拍子抜けしたが、正直な話ホッとした。


 何か目的があって使われたものだろうか? 裂け目の下の、探索でも行われたのだろうか?



 崖の下の亡者なども、見えなければなんて事もない。見なきゃいいんだ。




 気づくと辺りは、薄暗くなっていた。

 


 座り込み、雑に手繰り寄せられたロープを見て、


──「はぁ…………」ため息をついた。




──死ぬのが馬鹿らしくなってきた


 そう思いながら、空を見上げた……



 座って足を前に投げ出し、両手を後ろに付いて、仰け反る格好で上を向いた……



「え!」


 空を見上げたまま、私は固まってしまった。目に映っているはずの空の景色など、頭に入ってこない。


 上を向く途中、私の視界に一瞬映ったもの……


──人?


 人がいた…… 裂け目の向こう側に、人が数人。崖の下の者とは違う、服を着て人間の格好をした、何かが並んで立っていた……




 私はゆっくりと首を動かして、視線を戻す。


 


 やはりいる……


 数人の年齢もバラバラな男女が、裂け目の向こう側に並んで、こっちを見ている。


 見ていると言っても、眼は真っ黒で表情は無く、口はだらしなくポカンと開いている。


 崖の下とはまた違う、異様な姿に身体の震えが止まらない。


 でも私は、〝それ〟から視線を外す事が出来ない…… 



 おそらく彼らもこの世の者では無いのだろう。見た目は人間の姿だが、あの亡者達よりも、比べ物にならない程に邪悪さを感じる。




 どれくらいの時間、邪悪で無表情な顔と向き合っていたのだろう……




 死を決めて、自死する事選んで決めた私。その私は今、いったい何に恐れているのだろうか?


 もし飛び降りれば、亡者達に喰い殺されるのかもしれない恐怖。裂け目の向こう側に行けば、何をされるかわからない恐怖…………



 最期くらい自分で選びたい。



 私は抜け殻のような状態で、身動きもせず、邪悪な者達と向かい合っていた。


 あの不気味な漆黒の闇のような窪んた眼。


 疲れ切った私も今、あんな眼をしているのだろうか……

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