第8話 ロープ


 山中やまなか 民子たみこ  二十九歳


──噂通りだ……

 

 私はそう感じた。



 ここは人里離れた山の奥。地元では自死する人が多い事で有名な場所。


 実際に目の当たりにして見ると、とても神秘的だ。

 

 この山自体は、そこまで高い山ではないのだが、藪をかき分けて、やっと辿り着いたこの場所。山頂付近の少しひらけた場所。


 突然、地面に亀裂が現れる。それは、とても深く底が見えない。暗く深い裂け目。

 行き止まりの断崖絶壁。その手前に現れる裂け目。それは、六畳程のスペースを残して、地面を分断している。


 まるで、この世とあの世を分断する境い目みたいだと思った。大勢の人が死んだ場所ではあるが、絶景だとも思った。


 よくこの状態を保っているなと、見れば見るほど不思議に思える。今にも崩れ落ちそうだが、遠い昔からこの状態を保っているらしい。


 裂け目の幅は、大股で2歩分程度か?


──頑張れば、跳べるな


 私は助走をつけ、裂け目を飛び越えた。そして分断された土地に降り立った。


 別にこっちに来ても、何かある訳でもない。裂け目のこちら側と向こう側、ただそれだけの事だ。あとは木が一本、生えているだけ。



 なぜ私が、ここに来たのか……



 もちろん死ぬつもりで来た。ここを選んだのは、まぁ有名な場所だったし、一度この噂に聞く、裂け目というやつを見てみたかった。そんなところだ。


 いろいろあったが…… もうどうでもいい。どうせ死ぬんだから……


 


 小さな島みたいになっているこの場所。それを囲む断崖。下から冷たい風を感じて、首を伸ばして覗いてみる。



──………… 



 声を出してはいけない気がしたので、押し殺した。


 見てしまった…… 


 私は無言で、六畳分程の島をゆっくりと一周しながら、確認するように裂け目と断崖を覗く。


──…………


 島を囲む断崖を、数え切れない程の亡霊が、よじ登ろうとしている。


 亡霊なのかどうかは、わからないが人のような形はしている。それが、びっしりと断崖に……


 身体の色は変色し、手や足が無い者、頭や顔の一部が欠損している者、中には溶け崩れて原形を留めて無い者達。それぞれが何かを訴えるように、大きく口を開いてうごめいている。

 

 さすがにこれは怖すぎる……

 まさに地獄絵図。そんな言葉がぴったりだ。


 そういえば、ここは大昔に処刑場として利用されていたらしい。今見えているものが錯覚で無ければ、きっとその頃に亡くなった人達の、変わり果てた姿なのだろう。



 私は恐怖と気持ち悪さで、その場で嘔吐した。


 フラフラと後退っていると、


「っ! 痛っ!」


 私は何かを踏んで転倒した。 



──ロープ?



 草に隠れて見えづらかったが、太いロープが地面を這っている。


 このロープを踏んで倒れたようだ。


 ロープを見ると片方の端は、島の木に括り付けられ、もう一方は裂け目に垂れ下がっている。




──なにこれ……


 


 

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