第7話 亡者


 さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。引きつったような顔の者、目を見開き口の端を吊り上げている者、それぞれに満面の笑みを…… 嬉しそうに…… 

 特に中心に立っている者…… 

 女……




「何なんですか? あれは……」


「ここって、人がいっぱい死にに来る有名な所なんだ」


「え!」僕は知らなかった。


「知らずに来たんだ……」彼女が呟く。


「で? あれは、何なんですか……」



「だからさぁ、だいたいわかるでしょ」



 僕が見ている裂け目の向こう側の光景。十数人の人達がこちらを見て立っている。年齢もバラバラの男女が裂け目の縁に立っている。

 彼らは皆、無表情で目は窪み、こちらを向いてじっと立っている。




「え…… ゆ、幽霊ってこと?」


「そうなるね」


 彼女は続ける、

「裂け目、覗いてみて」


「へ?」僕は間抜けな声を出し、彼女をまた見る。


「裂け目! 覗いてみてよ」彼女はアゴを使って覗くように促している。


 四つん這いで裂け目に近付き、覗き込む。



「うっ! うわぁー!」思わずのけぞり、尻餅をつく。


 僕は、想像を絶するおぞましいものを見た。


 裂け目の中で、無数の亡者達がうごめいている。声は全く聴こえないが、口を大きく開け何か叫んでいるようだ。そして上に向かって手を伸ばしている。まさに地獄のような光景だ。


「大昔の話だけど、この場所は処刑にも使われてたらしいよ。信じられない数の人が亡くなった場所なんだって」


 腰が抜けるとはこのことだろう。僕は身体に力が入らず、動けなかった。


「そこだけじゃないんだよ。この崖全体をさ、その気味の悪い変なのが取り囲んでるんだ。幽霊って言うより、もうさ、死霊とか妖怪のたぐいだよね」


──…………

 

 死霊と妖怪と幽霊の、何が違うかしらないけど、言葉が出てこない。

  

 僕は周りを見回す。この小さな島を、あれが取り囲んでいるのか? 裂け目の向こう側には、やはり無表情で不気味な者達がじっとこちらを見ている。



 人里離れたこの山奥で、僕の身に何が起こっているのだろう……



「そんな気味の悪いのがいる所に、飛び降りられる?」彼女は言う。

 

──たしかにそう思う……


 どうせ死ぬつもりできたけど…… あの中に飛び込むのは…… ちょっと。


「かと言って、また綱渡りして戻れる?」


──それも無理だろう


 もし体力が回復しても、この下からのプレッシャーではとても無理だ……

 しかも向こうには、不気味で恐ろしい亡霊がいる。




「さすがに無理だよね…… 私もそうだった」



──え! …………私も?



「だから…… 私は、そのロープを使ったんだ……」




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