第4話 弓矢
さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。引きつったような顔の者、目を見開き口の端を吊り上げている者、それぞれに満面の笑みを。
裂け目の下から吹き上げる、冷たく表情の無い風。僕はそれが嫌ではなかった。うまく説明できないが、なぜか心地よかった。
──よし
さっきと同じ要領で、次の一歩を踏み出す。
──あっ!
バランスを崩しよろける! 咄嗟にもう一歩踏み出す!
バタバタと両腕を動かし、上体も大きく揺さぶられる!
しばらく、バタバタと滑稽な動きをしていた。僕は人里離れた山の中で、何をしているのだろう。本当に滑稽だ。
少し、気持ちもロープも落ち着いてきた。裂け目の底から風を感じる。
──そうか……
この無表情な風は、僕を落ち着かせてくれているのか。
また、つまらない記憶が頭を巡る。
中学生の時。友達に貸した漫画本が帰ってこなかった。部活に付いていけず辞めた。好きな子と嫌いな奴が付き合いだした。教育指導の教師に目を付けられた。こんな地味な僕に……
「はぁ…… つまらない」僕は一人で呟く。
なんでこんなにも、つまらない事を思い出すのだろう? 走馬灯みたいなものか? だとすればつまらな過ぎる。みんな、こんなものなのか。
綱渡りに集中しているつもりが、いつの間にか考えてしまっている。
一歩。そして、もう一歩。
揺れるロープ。バタバタする上体。
僕は、ある程度揺さぶられても、なんとか立ち直せるなと思った。
しかし、この先はもっと揺れるだろう。油断は出来ない。ピンと張られていると思っていたロープは、思っていたよりも、僕の体重を受けて沈んでいる。
ギシギシと軋むロープ。
一歩。もう一歩。
高校生の時。…………。
友達も出来ず、勉強ばかりしていた。学校への行き帰りも、休み時間も…… 勉強ばかりをしている……
ふりをしていた…… 孤独だった。
──つまらない、つまらない
一歩。もう一歩。また一歩。
だんだん慣れてきた。揺れはどんどん大きくなるが、バランスの取り方に慣れてきた。
いよいよ中間地点まできた。
裂け目の底に引っ張られているように沈んだ状態は、まるで弓矢みたいだと僕は思った。僕を矢として、ロープと共に引き絞られた弓矢。
そんな事を考えていた時だった。
「えっ! は?」
──う、嘘でしょ……
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