第3話 つまらない
さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。引きつったような顔の者、目を見開き口の端を吊り上げている者。
慎重に次の一歩、左足を踏み出す。
ロープに、僕の全体重が掛かる。さらに沈むロープ。裸足の足裏に食い込む感触。ギシギシと軋んで、中央の辺りは大きく揺れている。
ゆっくりと息を吐き出して、両腕を外に広げてバランスをとる。
──行けるのか……
どうせ死ぬつもりだが、綱渡りは成功させたい。渡ってしまえば、そのまま飛び降りて死んでもいい。
──行けるのか……
ふと、過去の記憶が頭に浮かぶ。子供の頃から今に至るまで、たいして起伏の無いつまらない人生だった……
幼稚園の時。車に轢かれそうになって親にひどく叱られた。園の子に物を取られて泣いた。デパートで迷子になった。
小学生の時。体育の時間に体操服を忘れた。算数の宿題をやり忘れた。傘を失くした。嫌いな給食を食べれず泣いた。授業中にトイレに行って、おちょくられた。
──つまらない……
この期に及んで、つまらない事しか思い浮かばない。
次の一歩。ロープから片足を上げるのが凄く怖い。足の裏がロープに貼り付いているみたいだ。こんなにも自分の体重を感じているのは、初めての体験かもしれない。
──怖い?
死を覚悟した僕が怖い? 変な感じだ。
そして、右足をゆっくりロープから、引き剥がす。じわりじわりと。
足がロープから離れた瞬間、前に一歩出す。ほぼ同時だ。
揺れる! ロープがさっきと比べ物にならない程に揺れる!
僕は、外に広げた両腕をそれぞれ上下にバタバタと動かして、バランスをとる。やや前傾になる。
陸地から、わずかに離れただけだが、完全に身体は空中に投げ出されている。
裂け目の向こうの島を見る。まだまだ先は長い。
僕の人生と同じく、長くてつまらない……
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