第2話 表情の無い風


 さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。引きつったような顔の者。




──やっぱり無理か……


 僕は右足をロープに乗せたまま、次の一歩を出せずにいた。端の方でこれだけ軋むのだから、先に行けば行くほど相当、軋み揺れるだろう。


 もともと死ぬ気でここに来た。でもなぜか、この綱渡りを成功させようとしている自分が、少し可笑しくなった。

 落ちて死んでも、目的が達成出来るのだから問題は無いのだが、綱渡りに失敗して死ぬのは違う気がする。

 

 これが人生最期の試練なのだろうか? この命がけの綱渡りが……




 裂け目に張られたロープは、しっかりしているように見える。いつから張られているのだろうか? 木から木へピンと張っているので、そんなに月日が経ってないのだろうか?


 こちら側の木には、しっかりと括り付けられている。僕は両手でロープを掴んで、引っ張ってみる。向こうもしっかりと括り付けられているようだ。


──渡ってみたい……


 僕は無意識に、スーツの上着を脱ぎ捨てていた。もう袖を通すこともないだろう。シャツの袖をまくり、靴を脱いだ。くつ下も。

 そして、裾も膝までまくり上げる。


──渡ってみよう

 

 抑えきれない衝動は、すでに行動になっていた。


 裂け目を覗く。


 裂け目の底から、こことは違う冷たい風を感じる。暗くて表情の無い、冷たい風が……

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