ロープ

原口 モ

第1話 裂け目

 さっきまで恐ろしい程に無表情だった者達、今は満面の笑みを浮かべている。 

 



 僕は綱渡りをしようとしている。比喩などではなく、一本のロープの上を文字通りの

〝綱渡り〟。


 野波のなみ 瑛斗えいと 二十二歳


 なぜこうなったのか? 誰も人がいない山奥で、なぜこんなことをしているのか? 

 しかも命がけの綱渡りを…… 



 慎重に右足をロープの上に乗せる。


 張られたロープが、僕の体重を受けて少し沈む。思っていたよりも沈み、不安定さを感じる。


──これは無理かな……


 ロープが軋む。中心の辺りの揺れが激しくなっている。


 次の一歩が踏み出せない。




 ここは人里離れた山の中、僕は生きる事に疲れていた。そう。死ぬつもりでここに来た。

 特に死に方など考えてはいないが、どうでもいい。どうなってもいい。もう、疲れた……



 そんな僕の目の前に、突然あらわれた裂け目。山の地面に大きく口を開けた裂け目。雪山のクレバスというのを聞いたことあるが、まさにそんな感じだ。


 距離はどうだろう。四、五メートルあるのだろうか? そして底の方は…… 恐る恐る覗き込んで見たが、全く見えない。底が見えない。


──落ちたら死ぬな


 そう思った。


 裂け目の向こうを見てみると、六畳程のスペースがありそうだ。その奥はおそらく崖になってる。小さな離島みたいになっている。


 これだけの裂け目があって、よくも崩れずにそのスペースが残っているなと不思議に思った。


 そして、一番の謎……


 裂け目の先、島の中心には立派な木が一本立っている。その木と、こちら側の木の一本に、ロープが結び付けられている。


──なんだこれは?


 誰か渡ったのか? なんの為に? 向こうに何かあるのか?


 誰も人がいない山奥で、僕は、


──渡ってみたい


 そんな衝動に駆られ始めていた……

 

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