第8話

 彼はわたしに気を遣って、わたしの家の近くにしようと子供たちが帰りを待つアパートまで二台車を連ねた。駐車場に車を駐めると、なんだかわたしは駆け足で彼の車へ飛び込んだ。驚く彼。いや、驚いたのはわたしだ。一度家に帰ったら出て来られない気がしていた。

 「ね、デートしちゃおっか?」胸が弾んでいた。彼は意外にも冷静で、「帰りなよ、また、ちゃんと計画しよう。ライン交換しとこう」だって。ムカついて、不意にキスしてやった。ぽかんとした顔。ざまあみろだわ。わたしを甘く見るんじゃないの。「車出してよ、恥かかせないで」んーっ、言ってみたかったセリフ。

 プッと吹き出す彼。はたと我に返り大赤面。暗くて良かったわ。「女子みたいだ」「違うなら何よ!おばさん?」「どこにする?」「駅前まで行こうよ」わたしたちの、ほんの少しだけのデートに、ゆっくり車は走り出した。助手席から見た空には、やっぱり星なんかなかった。

わたしは長女に電話して、「まだ終わらないんだ。ごめん、お風呂入っといて」と伝えると、長女はぷんぷん怒った。きっとあなたにもこういう時が来るのよ。そう、久しぶりに恋のわくわくを感じていた。

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絶望的絶望 双葉紫明 @futabasimei

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