おそらのほしよ
第6話
わたしの名前が黒川だって知ったのは彼が先だった。お互いに顔を見知って会釈、それから「お疲れ様です」と挨拶を交わす様になった頃、タイミング良く後ろから先輩女性社員に「黒川さん、お昼行こっ!」って声掛けられたんだ。わたしはその声に振り向き、また彼に向き直って軽く頭を下げ、自信があるマスク越しの上目遣いで微笑んでやった。彼はぽかんとしてたけど、それであの時咄嗟にわたしの名前が出たんだと思う。
相変わらず忙しく、なかなかお金にも余裕が出来ないまま、憂鬱な梅雨になった。忘れもしない6月25日。だって元夫の誕生日だ。いくら存在が薄れてたって、わたしそういうのは忘れないんだ。
その頃にはわたし、彼が黒川さんだとは知っていた。退社後近くのコンビニに寄ると、彼が煙草を吸っていた。わたしは煙草が嫌いだから少し距離を置いて、「お疲れ様です、苗字、あっ」ふたり同時に、思わず笑った。「そう!わたしもずっと言いたくて。会社だとなかなかねー」「なんだか変な感じだよね、下の名前は?」なんだかへんな気持ちでまくし立てる様になってしまった。「サチオです。幸せに生きると書いて。全然そうなってないけど」乾いた笑いがなんだか物悲しかった。「クロカワさんは?」と返され、「麻美です。ごく一般的なアサミ」「そっか。お互い古風な名前で」また笑った。
それからわたしが「あっ、晩ごはんの支度!道混むから」と慌てると、彼も「俺も次のバイト向かわなきゃ」そう言って「おやすみなさい」と車へ足を向けた彼の背中に「おやすまないでしょ?お互いに」と浴びせると、彼は半身返して薄く笑い、
おーそーらーのほーしーよー
と、いつもより少しだけ大きく口ずさみながら車に乗り込んだ。
なんだ、ちゃんと知ってるんじゃない。お空と夜空、良くある間違いだけど。と思いながら車に乗り込み、買おうと思ってたアルミホイルを買い忘れた事に、キッチンでやっと気が付いた。
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