第5話

 彼が黒川幸生という名だと知ったのは最近の事だった。そんなに珍しくもないけど多くもない名字。わたしは子供たちの為に、少しだけ元夫への気持ちから離婚後も旧姓には戻さなかった。いや、正直に言えば、子供たちが戸籍上もわたしの子供じゃなくなる可能性を排除したかった。元夫が離婚のショックで精神を壊した時

「結婚なんて制度上の問題なだけでしょ?」と慰めた。我ながら見事は二枚舌だった。それでもわたしにこだわる人間が減るのはなんだかさみしい気もして、しばらくの間彼を受け止めるフリをした。いがみ合って喧嘩別れしたわけじゃないんだけど、離婚の理由なんて全部一緒だ。感覚の違い。報われなさ。わたしは彼とはわかり合えないし、お互いに報われる事はないと思った。だから一緒に居られなかった。そして、離婚自体よりもその後の生活にはそれなりにパワーが必要だった。そこに都合良く使える人が居た。

 だから、生活が落ち着いて行くにつれ、元夫の存在は薄まって言った。だからなのか、彼が気になり出して少しずつわたしの中でその存在を大きくしていった。単なる好感。そこに留めておけば良い。生活が交わらなければ、深くお互いを知らなければ、都合良く夢が見れる。今更恋愛なんて要らないし、そんな暇もない。

 けれども一度自分の気持ちに気付くといつしか火曜日と木曜日が楽しみになって、彼を探して目で追って、やたらと彼が作業してる近くを通る様になっていた。そしてあの歌を聴いた。

 

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