第9話 強きが弱きをいじめても①

てる

 睦、どう思う」



 前日に梅雨入りの発表があったのが嘘のように、雲一つなく晴れた日の朝。

 萌が昇降口で輝の肩を叩いた。

 教室へと続く階段とは反対側に連れ出し、小さい声で話し掛ける。



「どうって……。

 やっぱり、睦は何もかもヘラってるなって思う。

 体育祭から、ますますヘラってるんじゃね?」


「今がたたみかける時じゃない?

 レーヴァテインにソウルアップしたらヤバいと思ってたけど、なんかそれすら力がなさそうだし。

 友達もゼロって、この前言ってた。

 もう、睦に恐れることなんて何もない」


 萌が、輝に顔を近づける。


「そうだ!

 クラスでどうやったら、担任に気付かれずにいじめられるか考えて。

 輝は1組でしょ」


 輝の表情が硬くなる。

 後ずさりを始めた。


「隣にカイザーがいる限り、俺、動けないって。

 あいつは、正義のヒーローになり切ってるから」


「でも、何かきっかけがあったら動けるんじゃない。

 例えば、1組で結構な影響力のある隼徒はやとが、睦に問題発言をするとか。

 それに乗じて睦をハメる」


「いいかも、それ。

 今日から、誰かが睦に話し掛けてくるの聞いてるよ」



 萌は、昇降口に顔を向けた。

 ちょうど睦が階段に向かっていた。



~~~~~~~~



「睦、元気なさそうだね」


 黙って教室に入るなり自分の席に座った睦。

 その前に、きらが向かう。


「キラくんには、やっぱりそう見えるんですね」


「みんなも、そう思ってるよ。

 体育祭で言われたことなんて、気にしない方がいい」


 睦は、すぐに首を横に振る。


「私が気にしてるのは、レーヴァテインのことです。

 キラくんも、炎が出てないの見えましたよね」



 体育祭当日、レーヴァテインに変身せざるを得なくなった睦。

 最強の炎の剣と称された魂は、テュールソーディアンの手の中では、完全に不発に終わったのだった。

 バーニングカイザーとしてそれを見た煌も、はっきりと覚えていた。



「持つべきは、陽翔はるとだろ。

 俺、北欧神話のスルトの魂、見たんだからさ!」


「ハルトくん、この前部活でも言ってました。

 でも……」


 睦は、そこで下を向いた。


「諦めるなって!

 陽翔がスルトになれば、レーヴァテインの力、出せると思う!」


 煌が、睦の肩を叩こうと手を伸ばした。

 だが、その手は途中で止まった。



「ハルトくんのアルターソウル、スルトじゃないみたいなんです」



「……マジ?」



 ウソだろ、オイ……。

 俺、あいつのアルターソウルがスルトって言われたはず……。

 バーニングカイザーに。



「それ、マジで言ってるのかよ。

 スルトがレーヴァテインの持ち主なのに、陽翔がスルトじゃないってなったらさ……。

 剣だけが取り残されるのっておかしいよ」


「じゃあ、ハルトくんのところに行ってみますか?

 休み時間に」



 陽翔とは話しづらいけど……、睦が困ってるのにそんなこと言ってられねぇって。



「行こうよ!

 ライバルとして、俺も気になるから」



 ちょうどその時、睦の横を輝が通りかかった。

 輝は、煌を睨みつけるように通り過ぎた。



~~~~~~~~



「2人で4組に来て、僕に何の用?」


「北欧神話部のスポットのことで、陽翔に聞きたいんだ」


 次の休み時間。

 教室の入口で呼んだ煌に、陽翔は落ち着いた表情で近づく。

 煌の前で立ち止まると、陽翔はため息をついた。


「で?」


「俺、睦から聞いたんだ。

 陽翔のアルターソウルが、スルトじゃないかもって」


 煌が静かに告げると、陽翔は再びため息をつく。


聖名せいなが、北欧神話部みんなの前で言ったんだ。

 大出先生から呼び出されて言われたことを。

 部長だから、僕の魂のことを聞いたんだろうな」


「本当に、スルトじゃなかったんだ。

 じゃあさ、北欧神話部のスポットで何の魂が宿ってたか教えて欲しいんだ。

 言えなかったら、別にいいよ」


 陽翔が小さくうなずく。


「バルキリー」


「バルキリー……。

 なんか、名前だけは聞いたことがあるけど、何だっけ……」


「北欧神話で、死んだ神々を蘇らせる女神。

 司令官だからギリでヒーローだけど、スルトと違って前線で戦わない存在」


 睦が、煌の横から顔を出す。


「ハルトくん。

 やっぱり、レーヴァテインの私と一緒に戦いたかったんですよね……」


「当たり前だよ。

 だから僕が、北欧神話部に入れたんだし。

 スルトとレーヴァテインのタッグで、神崎先生を倒せたはず。

 それができないなんて、間違ってるよ」



 てか、なんでスルトがバルキリーになるかのほうが、俺には分からないし……。



「陽翔。

 レーヴァテインは、きっとまた燃え上がるよ!

 バーニングカイザーも、あの剣に力があるって言ってたし」


「僕はもう、信じられないよ。

 バーニングカイザーが言った言葉を。

 ラグナロクを終わらせたヒーローになれると信じてた時間、どうしてくれる?」


 陽翔の足が、教室の中に向く。

 それでも煌は、陽翔の肩を掴んだ。


「どうしてくれる、って言われてもさ……。

 陽翔は陽翔なりに、バルキリーとしての役割を果たした方がいい。

 アルターソウルは、俺たちのある意味運命なんだから」



「残念な運命だよ。

 最低の運命と言うか」



 陽翔は煌の手を振り切って、席に戻っていった。

 ちょうどチャイムが鳴った。

 睦の表情は、ますます曇った。


 てか、生徒どころか先生までアルターソウルで戦ってるのに、そこに司令官までいることになるのかよ。

 北欧神話部、ヤバいって。



~~~~~~~~



「カイザー、睦に何か言ったん?」


 さらにその次の休み時間、隼徒が煌を廊下に呼び出した。

 煌が4組に連れて行ってから、睦はより死んだような表情を浮かべていた。

 授業でも、先生にも注意されたほどだった。


「レーヴァテインの持ち主、4組の陽翔じゃなかったんだ。

 それを、一緒に確かめに行っただけ。

 だから、いまアルターソウルで睦の相方がいないんだ」


「じゃ、ユーだよな。

 レーヴァテインを持つロボは」


 煌は、首を小さく横に振った。


「今の睦に、レーヴァテインは操れない。

 睦が、その力を使う気になってないんだ。

 誰が持つ以前に、俺はそこからだと思う」


 煌は、教室にいる睦を廊下から見た。

 睦は立ち上がろうとしない。


「でもさ、ちゃんと力を解放できれば、最強の炎の剣なんだろ?

 バーニングカイザーは持ちたいんじゃね?

 胸に手を当てて聞いてみなよ!」


「バーニングカイザーは持ちたがってるみたいだよ。

 だけどさ……」


「あっ、勇者が弱気になってる!

 もしかしてカイザー、今更ロボ部に引っ張ってきたくないとかじゃね?」


「弱気なんかじゃなくて、睦の意思を待ったほうがいいよ。

 北欧神話部で友達を作ってるかも知れないし。

 俺には、今更睦を連れてくることなんてできないよ」



 煌は、そこで頭を抱えた。

 コンマ1秒もしないうちに、隼徒に肩を叩かれた。


「睦を、俺たちで元気づければいいんじゃね?

 こういうときこそロボ部をアピールすれば、自分から転部してくれると思う!

 あっ、そうだ!

 俺様にアイデアがあるんだよな!」


 隼徒がすぐに、煌の肩を突き放した。


「睦に何をするんだよ!」



 煌が隼徒の後ろ姿を追ったとき、隼徒は既に睦の席の前に立っていた。



「ユー。

 悲しくなったときは、自分の名前を一度口にしてみろって!」


「えっ……。

 睦、です……」


 睦は席に座ったまま、隼徒を見上げた。

 赤い髪が、教室の蛍光灯に輝いて見える。


「違うって!

 苗字から続けて言おうよ! なっ!」



 睦は1秒だけ固まって、首を縦に振った。



「まきしまむつ……」


「ストップ!」


 睦の声が、ピタッと止まる。

 ちょうど煌が隼徒の横に立った。



「ユー、いい名前してるって!

 いま、マキシマムって言っただろ!

 俺様、いつか言おうって思ってた!」


「私……、一度もそう言われたことありません。

 でも、たしかにマキシマムって入ってますね……」



 そうか……。

 睦、苗字が牧島だから、繋げられるんだ!



「なっ!

 今日から睦はマキシマム。

 自分の実力を一番出せる女子、ってこと!

 だから、テンションアゲアゲで行きなよ!」


「マキシマム。

 なんか、いい名前ですね」


 睦がうなずくのを見て、隼徒が煌に手を伸ばした。


「カイザーさ。

 これ、睦のあだ名にするの、賛成? 同意? それとも承認?」



 選択肢、実質1個だぞオイ……。



「睦がそれでいいって言うんなら、マキシマムでいいんじゃない?

 あだ名があったら、少しはみんなととけ込めると思う!」


「キラくんも、マキシマム言ってくれるんですね」


「勿論!

 ……って、隼徒。

 もうLINE開いてるの?」


「早く拡散させなきゃだろ?

 教室にいない生徒もいるし!」


 隼徒が笑ったところで、煌のスマホがバイブする。



――牧島睦のあだ名、俺様が決めた!

  最初の5文字でマキシマム!

  流行らせようなっ!



「なんか、みんなにあだ名を強要するの、強引だけど」


「ユーは認めたんだろ。あの名前で。

 俺様、この名前いいと思うけどな!」


 煌は、隼徒の表情を見たまま何も言い返せない。

 だが、隼徒のはるか後ろ、席に座っていた輝が珍しく薄笑いを浮かべていたのを煌は見た。


 いつもスマホでマンガ読んでるのに、なんで睦のあだ名を気にするんだ……?

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