第8話 レーヴァテインは目覚めることなく①

「さぁ、今年もやって来た! 体育祭!

 俺様、今年も全力で勝ちに行くから!

 チーム1組優勝っ!」


 体育祭まで1週間を切ったある日のこと、朝から2年1組の教室に隼徒はやとのテンションの高い声が響いた。

 ちょうど隼徒が手拍子を打ったところで教室に入って来たきらは、入口で止まって一歩引いた。

 カバンを持ったまま、隼徒の席の前に向かう。


「隼徒。廊下に響いてるよ。

 体育祭、嫌だっていう人だっているんだから、もうちょっとさ……」


「体育祭を嫌がってる奴ぅ?

 それ、もしかしてユー?」


 煌は、震えながら隼徒に顔を突き出す。


「俺?

 べ、別に嫌じゃないけどさ……」



 運動神経ダメなのは認めるけど。


 1年の体育祭で、煌は4クラスの人数を合わせるために、全員参加のはずのクラス対抗リレーから外された。

 それもあって、煌は走るのが遅いというのが学年じゅうに広まっていったのだった。



「じゃ、1組が一人多そうだから、今年もハブられるのカイザーだな……。

 いや、もう一人いたな。

 リレーに出ない方がいい生徒が……」


 隼徒の体が睦に向いた。

 睦は、だんだん大きくなる隼徒の声を前にして、席で小さくなっている。


「たぶん、ユーかな」


「隼徒!

 急に睦に振るなって!」


 煌が隼徒の腕を引っ張って、一旦廊下に連れ出す。

 隼徒が煌の耳元で小さく話した。


「冗談! 冗談!

 でも……、俺様じゃなくてもそう思ってるんじゃね?

 体育の授業で速く走ってないって」


「勝負になったら、睦は化けるか分からないよ。

 それに睦、この学校に来て初めてみんなで過ごすイベントだから、楽しみにしてるんじゃないかな。

 俺は体育祭で、睦に悲しい想いなんてさせたくないと思う」


「ユーの言う通りだな……」



 隼徒がうなずくと、二人は睦の席の前に向かい、中腰になった。



「さっきは俺たちが勝手に振って悪かったよ。

 マジな話、睦はリレーやってみたい?」


 煌が表情を伺うと、睦は目線をやや下に向けた。


「リレーですか……。

 やったことないんです。

 今まで行った学校、対抗リレーができるほど人がいなかったんです」



「ユー、それマ?」


「はい……。

 人数的に運動会ができない学校にもいたくらいですから。

 クラスのみんなと一緒に走ったことがないんです……。

 自分でも、足は遅いって思っていますし……」


 睦が完全に下を向いた。

 煌が、そこで首を横に振る。



「恥ずかしいなんて思わない方がいい!

 初めての経験なんだし、自信を持って走った方がいいよ!」


 睦の顔がゆっくりと動き出す。

 煌と目を合わせるなり、やや震えた声で告げた。


「キラくん……。

 私、キラくんより遅いのに……?」


「気にするなって。

 周りより遅くったって、クラスのみんなが付いてるから!

 睦はここで走った方がいい。クラスにとけ込んだ方がいい!」



 睦がうなずいた。

 同時に、隼徒が煌の肩を軽く叩く。


「じゃ、ハブられるのは、今年もカイザーで。

 決~まりっ!

 睦、俺様だって応援してるからな!」


「隼徒。

 俺が外れるの、決まりなの?」


「決まった。

 ユーは、体育祭の平和を守んな!」



 煌は、クラスの大勢から笑われる声を、その時はっきり聞いた。



~~~~~~~~



――これより、プログラム24番、2年生全員による、クラス対抗リレーです。



 煌を除く2年1組36人が入場門からトラックに走り、半分に分かれた。

 睦と隼徒は同じ側だ。


「大丈夫かな……。

 さっきの1年生のクラス対抗リレー、すごく速く見えました」


 体操着に身を包んだ睦が、体育座りになって足を震わせる。

 隼徒が、睦の肩を叩く。


「誰もがみんな、半周先のクラスメートに向かって、全力で走る。

 それだけの世界。

 あっという間だから!

 俺様が言ってるんだから間違いない!」


「それを聞いて、少しだけ安心しました」



 がらんとした2年1組の応援席からも、煌が睦の姿を目で追う。


「睦、俺、信じてるからな……」



 号砲が鳴り、4クラスの生徒が一斉に走り出した。

 1分も経たないうちに、睦の目の前でバトンリレーが行われる。

 1組は、序盤から先頭に立ち、徐々にリードを広げていった。


「全力で……、いいんですよね……」


 睦の前に座っていた生徒が一人、また一人と走り出し、ついに睦がリレーゾーンに呼ばれた。


――1組、一歩リードです!


 放送席からのアナウンスが響く中、睦の前の走者が先頭でやってきた。

 バトンをしっかり受け取り、走り出した睦。



「あっ!」



 走り出した睦に、クラスのほぼ全員が息を飲み込んだ。

 足を前に出すが、ストライドが大きくない。

 傍から見ると小走りだ。


――3組、追いつきそうです!



 後ろから颯爽さっそうと追い抜き、3組のバトンが睦の目に飛び込む。

 前に出たのは、北欧神話部の部長、聖名せいなだ。


「嫌だ……。

 抜かれたくない……!」


 睦は、声にならない声で叫び、足を聖名のやっているように大きく前に出した。



「……っ!」



 睦の右膝に雷で撃たれたような衝撃が走った。

 わずか30mでも全力で走れない。

 かばうように右膝を押さえ込む。


「睦!」


 首を何度も横に振る睦。

 ストライドも、バトンを受けた時より小さくなり、スピードも見るからに落ちた。

 痛む膝を押さえながら走り続けるも、2組と4組にも一瞬で抜き去られる。

 睦がリレーゾーンに入る手前で、他のクラスの生徒が見えなくなった。


――1組、頑張ってください!



「……もう走れない!」


 それでも懸命に前に出る睦。

 ようやくクラスメートにバトンが渡った。

 その段階で、3位とは半周以上の差。



「睦、何しに体育祭来たの」


 走り終えた生徒が待機する場所にフラフラになって辿り着いた睦を、冷たい声が貫いた。


「聖名さん……。

 コーナーに入るところで膝が痛くなって……」


「その前から、走り方がおかしかった。

 一度も走ったことがないような人に見えた。

 あんな姿を見たら、クラス全員から使えないって思われてもしょうがない」



 1組が圧倒的最下位に終わるまで、睦に話し掛けるクラスメートはいなかった。



~~~~~~~~



 誰にも抱きかかえられることなく、睦は退場門から出た。

 出たところで、てるが睦を睨みつけた。


「なぁ、言いたくないけどさ。

 睦、お前何やってるん?」


「みんなと同じように、走っただけです……」


 睦の沈んだ声で、クラスメートのほぼ全員が振り向く。


「走ってないよね?

 歩いてるようにしか見えなかった。

 カイザーが走ってれば、たぶん1位いけたよ!」



 やっぱり、嫌なムードになったな……。

 あそこでクラスの誰も声を掛けなかったから、嫌な予感がしたけど……。


 煌は立ち上がり、帰って来る2年生を出迎えた。



「睦、お疲れ!

 頑張ったね!」



「「「「「は?」」」」」



 あちこちから、煌に冷たい視線が向けられた。

 クラスで最初に睦への不満を告げた輝が、今度は煌の体操着を引っ張る。


「あんな走りをして、お疲れなんて言うのおかしい。

 みんな怒ってるよ。

 空気読めって」


 煌は、すぐに首を横に振る。


「輝。

 体育祭って、こんな雰囲気になるイベントじゃない。

 たしかに、勝った、負けたはあるけど……、一生懸命走る姿を見せるのが体育祭だと思う。

 睦は、一生懸命走った」


「へぇ」



 心のこもっていない返事を見せ、輝は睦の前に立った。



「睦、カイザーが一生懸命走ったって言ってるけど、ガチ?」


 睦はうなずけない。

 下を向いたまま固まるしかなかった。


「やっぱり、睦は全力で走らなかった。

 クラスの評価と同じなんだし、それで決まり」


「睦が何も言わないのに、そう決めつけるなって」


 輝の前まで進み、立ち止まった煌。

 その目に、睦のうつむく姿が飛び込む。



「私のせいです……。

 全部、私のせいです……。

 ビリになったのも、クラスの空気が悪くなったのも、私のせいです……」


「そんなことないって……。

 睦は……」


 煌が、輝の体操着を掴もうとした。

 だが、輝は体を震わせてそれを振り切った。



「じゃあ、何ができるんさ?

 趣味も特技もないんだろ?

 あっ、もしかしてレーヴァテインになった時だけ強いんじゃね?」


 睦が、うつむいたままポケットに手を伸ばす。

 煌は息を飲み込んだ。



「私にできることは、やっぱりこれしかないのかな……」


「ミラーストーン!」


 煌はその場でしゃがんで、睦をじっと見つめた。

 首を大きく横に振った。


「睦、自分の力、怖いんだろ……。

 本当は使いたくないんだよな……。

 そんな、追い込まれて使うようなものじゃないって、俺は思う」


「うん……。

 でも……、今の私に残されたのは、これしかないんです……。

 破壊の剣に変身すること……」



 睦は立ち上がって、ミラーストーンを空にかざそうとした。

 そこに、輝が睦の腕を掴んだ。


「レーヴァテイン、どうせ剣だろ?

 北欧神話の剣神とユナイトしても、強いんだよな!」


「剣の神……、ですか。

 もしかして、この前部活で魂が見つかった……」


 睦が一人の男子に振り向く。

 クラスでひときわ目立つ青い髪の男子・剣持けんもちそらが、輝の前にゆっくりと近づいた。


「宙も北欧神話部……!」


「剣道部から移った。

 宙の魂が北欧神話の剣神テュールって分かって、スカウトされたんだから」



 いや……。

 何か話が違うぞ……。

 レーヴァテインと一緒に戦いたかったのは、陽翔はるとだったはず。


 煌が見つめる中、宙が睦の前にやってきて止まった。

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