第7話 初めての直接対決①

「睦、カラオケ行かない?

 今日、部活ないし!」


 職員会議があって、ほとんどの部活がない日の昼休み。

 萌がトイレに入ろうとする睦の肩を後ろから掴んだ。



「カラオケ……、ですか……」


 睦が振り向いて固まる。

 萌が睦の肩に腕を伸ばした。


「そっ、カラオケ!

 睦、なんか北欧神話のこと一生懸命勉強してて気になったの!

 たぶん、アニメとかゲームとか詳しくなさそうだもん!」


 睦が小さくうなずく。


「だから、私が睦を立派なオタク系JC2に育てるために、アニソンを教えてあげるの!」


 萌が睦の肩を強く持ったところで、睦がその腕を振り切った。


「すいません。

 私、無理です……。

 カラオケなんて行ったことないし、ママのところに行く時間あるし……」


「えーっ!

 せっかく誘ってるのに。

 てか、ママのところに行くってウケる。

 カラオケよりも、ママ!」



 ちょうどその時、横を隼徒はやとが通りかかった。

 萌が体をのけぞっているところに割って入る。


「睦!

 カラオケって、俺様たち中学生が、リアルで一番ワイワイできるところじゃね?

 どうせトレファミだろ? 行く場所」



 睦は、はっきりとうなずく。

 隼徒にだけは、睦が都内に入ったコンビニ「24トウェンティフォーファミリー」に毎日通っていることを知られているのだった。



「カラオケ、すげぇ経験になるって!

 俺様の趣味ビンゴだって、好きなアーティストとかいそうな書き方してたもんなっ!」


「……たしかに、ハヤトくんのビンゴには『覚えてない』って書きました。

 でも、好きなアーティストがいるのと、歌えるのって違うと思うんです。

 思い出せても、歌うの恥ずかしいし……」


 睦が女子トイレの中に入りそうになるのを、隼徒が無理やり振り向かせた。


「そんなの、経験じゃね?

 人前で歌うの恥ずかしいって、部屋に入ったら絶対吹っ飛ぶって!」


 隼徒が、ポケットからスマホを取り出し、学校の近くにもあるカラオケ「わんちゃか村」のアプリを開く。

 すぐに、今日の放課後4人で予約したのだった。



「いま俺様、部屋を予約したから!

 男2、女2でワイワイやっちゃわなーい?」



 そこに、今度は北欧神話部の部長、聖名せいなが近づいてくる。


「なに、ロボ部が北欧神話部の2人を口説いてるの?

 私たちの部に入り込まないで」


「聖名様っ!

 そんな硬くならずに、なっ!

 今回は2対2で引き分けだし、それにお互いの部活誕生記念で!

 てことで、モエピーと睦は、今日だけ俺様のもの!」



 そう言うと、隼徒は頭の後ろに手を動かし、赤い髪を軽く撫でながら2年1組の教室に戻った。

 後には、無言の女子3人が残された。



~~~~~~~~



「合同カラオケ?

 隼徒、マジ言ってるの?」


 きらは、放課後のことを隼徒から聞かされ、言葉を止めた。

 煌だけは、本人のいないところでカラオケの予約人数に入れられたのだ。


「どうせ部活ないだろ?

 北欧神話部の2人と仲良くなれるチャンスだから、俺様が口説いてやった!」


 煌は、睦の席に誰もいないことを確かめて、隼徒に向き直った。


「いきなりカラオケに誘って大丈夫かな……。

 俺たち、睦とそんな話せていないし……」


「睦がハブられるの、カイザーは見たくないだろ」


「当然だよ。

 でも、北欧神話部に行ったんだから、あっちでまず仲良くならなきゃ」


 そこで隼徒が、煌の肩に右腕を乗せた。


「最初、カラオケに誘ったのはモエピーだから!

 そこに俺様が便乗したってやつ!」


「隼徒、重いって……。

 てか、女子カラオケに絡んだってこと?」


「へへっ!

 俺様、はっちゃけるの好きだし!」



 ちょうど睦が後ろのドアから教室に戻ってきた。

 隼徒は、一度睦に目をやってにっこり笑った。



~~~~~~~~



 そして、放課後。



「睦!

 待ってたよ!」


 ホームルームが終わって速攻で昇降口へと向かった萌が、2年1組の下駄箱のところで待っていた。


「私、カラオケには行かないって言いました」


「マジで言ってるの。

 ハヤトも楽しいって言ってたじゃない!」


「私には、行かなきゃいけないところがあるんです」



 その時、煌と隼徒が並んで昇降口にやって来た。

 萌から振り切ろうとする睦の前、隼徒が立った。



「ユー、俺様と素敵な時間、過ごすんじゃなかったん?

 コンビニなんて毎日行ってても楽しくなくね?」



 睦は、首を横に振る。

 そして、靴を素早く履き替え、早足で歩き出した。


「睦!」


 上履きのまま外に出ようとする隼徒。

 その腕を、煌が掴んだ。



「やめろよ!

 そこまでして誘って、何が楽しいんだ!」


「カイザー……。

 ま……、まぁ、間違ってないけどさ。

 言い出しっぺのモエピーはどう思う?」


 突然振られた萌が、靴を持ったまま隼徒に振り向く。


「私は、睦のこともっと知りたかっただけ。

 レーヴァテインの魂を持つ女の子がどんなに凄いか、気になってた!

 あの剣が本気出したら、パワーバランスの頂点だし!

 私、せっかくだから睦をコンビニまで送ってからカラオケに行く!」


「分かった!」



 萌が、隼徒にうなずいて昇降口を出た。

 駆け足で睦を追う。



「隼徒、これでいいのかな……」


「いいんじゃね?

 モエピーの目的は、達成されるだろ?」


「睦、レーヴァテインのことをあまり触れて欲しくないって、何度も言ってた。

 だから、萌がアニメの知識でそのことを深入りしないか心配」


「言う通りだ……」



 煌は、ようやく下駄箱から靴を取り出した。

 横目に神崎の姿が映り、少しの間手を止めた。



「今の俺たち、神崎先生に見られてたのか……?」


「気のせいじゃね?

 さっ、男どうしで先にカラオケ入ってような!」


「うん」



 煌たちは、睦の行こうとするコンビニとは真逆の方向に校門を出た。



~~~~~~~~



「今日はマジでゴメン……。

 私、睦を悲しませるために誘ったんじゃないから!」


 萌がようやく睦に追いついたところで、睦は振り向く。

 隼徒が一緒だった時は手に持っていた、コンビニで売られているような道路地図は、既にその手になかった。


「萌ちゃん……。

 私のこと……、なんか気になるんですね」


「気になるって!

 まだ明かされてない設定、たくさんありそうだもん!」


 萌の言葉に、睦は小さくうなずく。


「私はあまり、自分のことを言わないんです。

 言うのが怖いんです……」


「なんで――っ?

 2年から転校してきたんだし、みんな気になってるよ?

 たぶん、さっきのハヤトも、神門みかどくんだってそう思ってる」


「誰とも気が合わないんです……。

 友達なんて、どうせゼロです。何年もいません」



 しばらく言葉を止める萌。

 睦を見る目を細めるものの、一度首を横に振った。



「でも、一つはあるんじゃない?

 私との共通な趣味!」


「萌ちゃんは……、たしかアニメとか好きだったんですよね」


「そっ!

 私、東領家中2年の自称オタクイーン!

 アニメとかゲームとか、何でもいい!

 睦が見たの、私に教えて!」



 睦は、歩きながら上を見る。

 萌が首を傾けたところで、ゆっくりと首を戻した。


「マンガなら……、少しだけ……」


「マンガ読むんだ!

 どんなマンガ?」


「うーん……。

 萌ちゃんに言って分かるかな……。

 『銀座ナイトバー物語』とか、『太郎のゴルフ』とか……」



 沈黙の時。



「タイトル的に渋っ!

 なんか、ゴルフのほう、コンビニで売ってる青年誌の表紙で見たような気がするし!」


「私、そういうのしか、読めないんです。

 ジャ〇プとかマガ〇ンとかサン〇ーとか、すぐ売れますから」


「えーっ!

 いまの中学生、男子も女子も少年誌見てるって!

 クラスに一人は、絶対少年誌見てるから、探したほうがいい!」


 萌が笑いながら睦にアドバイスする。

 睦は、萌の表情を見て息を飲み込んだ。



「萌ちゃん。

 私、4コマ雑誌も読むこともあります」


「4コマ雑誌!

 アニメ化いっぱいしてるよね!

 例えば、『スローライフのつもりで異世界転生』とか!

 あれ、RPGあるあるで、私は好きだなー!

 近いうちにアニメ化決定したし!」


 突然、睦の表情が曇り出した。


「そういうアニメっぽい絵柄の4コマ雑誌も売れて、私には残らないんです。

 私は『コモちゃん』とか『我が家の佐紀ちゃん』とか……。

 『元祖まんがアワー』に連載されている作品です。

 萌ちゃんは、知らないですよね」



 再び沈黙の時。



「睦……、ホントに中2?」


「中2です」


 萌は声が裏返った。

 体も震え上がらせる。

 少しの間、睦から目を反らしてこの先の言葉を考えた。


「睦、だから趣味を言いたくなかったんだよね……。

 私だって知らない作品だもの……」


「そんな落ち込むことないです。

 私の方が、世間のトレンドからズレてるんですから。

 というか、トレンドになりそうなものは、どれも売れてなくなります」


「……っ!」


 睦の入る場所ではない「24ファミリー」の駐車場に差し掛かったところで、萌が足を止めた。


「萌ちゃん……。

 こんなこと言って、ごめんなさい……」


「違う、違う!

 もしかして睦……、中学生なのにバイトしてる?

 親のいるコンビニで!」



「そんなようなものです……」


 睦が、息を溜めてから小声で答える。



「だから、売れ残ったマンガを読んでるんだ!

 売り出す期間が終わったら、廃棄しないといけないもんね!

 でも……、店に並べる前に、こっそり読めない?」


 萌がある程度納得したような表情で確認するも、睦はそこでも首を横に振った。



「私のママ、それをやったら怒られる立場なんです」


「えっ……?

 睦の親、コンビニのオーナー?」


 萌が、昼休み以上に体をのけぞる。

 それでも睦は、言葉を止めなかった。


「……の、さらに上です。

 スーパーマネージャーという、儲かっていないお店を立て直す仕事を、ママがやってるんです」


 睦は言葉を言いきると、再び歩き出した。

 その横をぴったり歩く萌の表情を、時折見つめながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る