第6話 王者のプライド見せつけた②

 前日も行った社会科準備室に、この日も向かうロボ部の2名。

 目的の部屋が近づくものの、前日廊下に響いていた大出の声は響かない。

 その代わり、中から一人の女子の声がきらたちの耳にも聞こえてきた。



――昨日、大出先生がいくつか研究テーマを出しました。

  今日は本やネット、いろいろな情報から自分で研究してください。

  大出先生は、会議が終わってから来るそうです。



「なんか、すっげー真面目な奴が部長じゃね?」


 隼徒はやとが、煌の耳元に顔を近づける。

 遠くから響く部長らしき女子の声と、間近から受ける隼徒の声がほぼ同じ声量であるかのように、煌には思えた。


「だろうね……。

 大出先生がいないから、まずは部長に話してくるよ」



 煌は、前の日と同じように、社会科準備室の入口から顔を覗かせる。

 1秒で、一人の女子と目が合った。

 表情を見るからして、真面目そうだ。



「バーニングカイザーの男子ね。

 伝説を作るうちの部に、何か用?」


 いきなり威圧的なトーンだ……。


「いえ……、大した用ではありません。

 ただ、そちらの部も今日、稲妻先生がロボを使ってきたので……」



 煌の目に映る、どう見ても中学生とは思えない涼しそうな顔。

 薄紫の髪が、窓から吹く風で軽く揺れる。

 煌が思わず、隼徒の表情を伺った。


「カイザー。

 炎の皇帝様がビクついてどうするんだぁ?

 名前が負けてるぞ?」


「うん……」


 煌が、やや目を細めながらその女子に向き直る。



「だから……、俺たちと協力して、学校や世界の平和を守って欲しいんです。

 そっちのアルターソウルの力が、必要なんです!」


「は……?

 明らかにライバル関係になる部が、いきなり協力要請?

 それとも、何? 私たちの強さに降参したってこと?」



 そこに、後ろからピンク色の髪の女子が近づいてくる。

 2年2組の萌だ。


聖名せいなさん。

 おそらくこの2人、私が部室に置いたビクトリーヴァイキングのフィギュアで北欧神話に憧れたはずです。

 取り込みましょうよ」


 だが、聖名と呼ばれたその女子は、一瞬萌に振り向き、鋭い視線で睨みつける。


「大出先生が、それを許すと思う?」


「あ……、はい……」


 萌が聖名から後ずさりすると、今度は煌に鋭い視線をぶつける。



「私は、2年3組の桐原きりはら聖名。

 北欧神話部の部長。

 その権限で、はっきり言っておくわ」



 ……って、同学年かよ!



「お願いします」


 煌が頭を下げるも、聖名の表情は全く変わらない。



「今朝アルテミスに負けた、バーニングカイザーと協力するつもりはない」



「くっ……」


 あっさり言われたか。

 でも……、ここで引き下がるわけにはいかない!



「俺たちは、ロボの魂を操って、正義のために戦い続けているんです。

 聖名さんだって、大出先生だって、想いは同じだと思います。

 北欧神話の力でこの世界を救いたい。危険から守りたい。そうじゃないんですか」


「北欧神話の力を使いたい、というのだけは間違いないわ。

 それで?」


「正義の魂を操る者同士、戦っちゃいけないと思います。

 そっちだって今日、ビクトリーヴァイキングのロボを出してきました。

 同じ『ブレイバーシリーズ』どうし、仲良くすることもできないんですか」



 多くの部員たちが、煌を見つめている。

 時折、「あの聖名に……」と小声でしゃべる生徒もいるほどだ。

 そして、社会科準備室の壁際の席に座っていた睦もまた、煌から目を離せない様子だ。


「くだらない。

 あなたたちは正義、私たちは夢見た未来。

 そのために戦っているわけでしょ。

 私たちが正義の部って言ってる時点で、違うと思う」


「ちが……」



 煌が数秒言い返せないところで、聖名は煌に背を向けた。


「待ってくださいよ!」


 煌が足を一歩踏み出した時、煌は後ろから肩を掴まれた。

 白い髪が、煌の目に飛び込む。

 2年4組の陽翔はるとだ。


「大出先生とほぼイコールの部長に、盾突く。

 君はそこまでやってしまう勇者なんだ」


 煌はすぐに体の向きを変える。

 陽翔は、聖名と同じように涼しそうな表情を煌に浮かべていた。



「僕たちは、北欧神話の未来のために戦っている。

 邪魔するものがあったら、それを打ち砕く。

 そういう意思を貫いていくことこそ、僕は強さだと思う」


 陽翔が、煌に向かって一歩前に出る。


「本当の黒幕を倒そうとしない君は、はっきり言って弱いよ」



「俺は、弱くなんかない……」


 煌の声が、かなり低くなる。

 バトル中でもほとんど聞かせたことのない声だ。

 隼徒が、煌の学ランの袖を引っ張った。


「カイザー、キレるなって」


「俺は、ロボ部を守りたいんだ……!」


 煌が隼徒に一言だけ残し、すぐに陽翔に向き直った。


「俺がバーニングカイザーになるのは……、そこに困っている人がいるからだ!」



 陽翔が、何も言わずに小さくうなずく。

 表情ひとつ変えず、煌の言葉を待つ。



「悪を倒す力が強さなんかじゃない。

 世界を、学校を、そしてみんな一人ひとりを守ることこそ、俺は強さだと思う」



「なるほどね」


 決して驚いたような声を出さず、陽翔が短く返す。

 その直後に、陽翔は煌から視線を離した。

 その視線の先にいたのは――睦。



「だからこそ、君は睦の心の安定を守ろうとした。

 レーヴァテインを使いたくないのなら、使わなくていい。

 けれど、その中に宿っている魂は、戦うために生まれた剣。

 世界を焼き尽くし、ラグナロクを終わらせるための剣。

 その欲望を押さえつけているのが、君だよね」


 睦の体が、小刻みに震え出す。

 レーヴァテインの力を使いたくない意思と、使いたい意思が、睦の中で戦っているようにさえ煌には見えた。


「そんな弱さで、君がレーヴァテインを操れるはずがない。

 君は……、いや、バーニングカイザーはこの剣のポジションを分かってないよ」


「俺は何も知らなかったけどさ、バーニングカイザーは分かってるよ!

 俺に、強い剣だって言ったし……。

 でも、俺は睦の意思をよそに置いて使おうと思わない。

 そういうことを言ってるんだ」


「そもそも、君がレーヴァテインを使えると思っていること自体が間違いだね」


 陽翔は、睦の前にゆっくりと歩み寄り、その横に立って煌に視線を向ける。



「僕の魂、君は見たよね。

 その名前を、北欧神話部でもう一度言ってごらんよ」


 陽翔が特段声を上げずに煌に告げると、それまでヒソヒソ声を浮かべていた生徒たちが一斉に静まる。

 ほぼ全員の目が煌に向けられた。

 ロボ部の部室で一度その魂を見ている以上、黙るという選択肢はなかった。



「炎の巨人、スルトです。

 俺は、はっきり見ました」


「そう。

 スルトは、レーヴァテインを持ってラグナロクを終わらせた神。

 だから、僕が睦と結ばれなきゃいけないんだ」


 睦の表情を伺う陽翔。

 睦は一瞬煌を見るが、すぐに陽翔に目線を合わせた。



「私だって……、バーニングカイザーを倒したい……。

 ラグナロクを終わらせる力だって言われたから……。

 なんか北欧神話の世界を知って、自分の力に自信が出てきました」



 ウソだろ、オイ……。

 睦、レーヴァテインの力を使いたいって……。



「睦。

 僕スルトは、レーヴァテインと絶対にユナイトする。

 君を、正義のヒーローにする。

 バーニングカイザーなんて、世界に必要ない」


「はい……」


 睦が、やや小さい声で返事をする。

 煌は、北欧神話部の部室で固まってしまった。


 この状態をアウェーと言うか、空気になってるとしか言えないんだよな……。



「陽翔。

 そこまでして睦と一緒に戦いたいのは分かった。

 でも、俺には俺の強さがある。

 だから、バーニングカイザーなんていらないなんて聞きたくないし、受け入れたくない」



 その時、社会科準備室の張りつめた空気が、突然変わった。


「もしかして、こんな揉め事になっているのは、私のせいですかねぇ」


 突然響く、人が入って来る音。

 煌は、すぐに振り返った。



「稲妻先生!」


 煌は、入って来る稲妻の姿を、やや目を細めながら見つめた。

 この稲妻こそ、バーニングカイザーが歯の立たなかったハンターアルテミスを、雷の力で瞬殺したアルターソウル、ライトニングトールにソウルアップできる人物だった。



「何と言っても、ソルフレア教が北欧神話部を狙ってきたみたいですからねぇ。

 副顧問として、私が部と学校を守らなければなりませんでした。

 その力がバーニングカイザーよりはるかに強いように見えたから、今日これだけ不要論が出てるんでしょうね」


 稲妻の足が、煌の前で止まる。


「そんなに不要論に悔しがっているのなら、どうですか。

 もう一度私と戦ってみる気、ありますか?」


 稲妻の黒髪の中に映るわずかな金色が、夕方の日に照らされて輝く。

 真剣そうな稲妻の表情に、煌はうなずいた。



「戦います。

 俺にだって、強さがあるって見せたいです」



「ロボ部がそれほど強くないっていうことが広まっても、この戦いを受け入れた以上は責任を取りません。

 いいですね」


「分かりました」



 煌と稲妻が、同時にミラーストーンを西日にかざした。


「「アルターソウル、解放リベレーション!」」



 ミラーストーンが眩しい光に包まれ、その光に向かって煌が叫ぶ。



「バーニングカイザー! ゴオオオオオオ・ファイアアアアアアア!!!!」



「ライトニングトール! ロア・ザ・スカイ!」



 ミラーストーンの眩しい光が反射した方向へ、煌の体が吸い込まれた。

 光の中から、バーニングカイザーのシルエットが現れ、煌の目の前に迫る。

 その胸に描かれた炎のエンブレムに、煌の体が正面から衝突。

 同時に、金属のようなものに体が突き上げられた。


 ほぼ同じような音が、すぐ横からも響く。

 漆黒の機体が、すぐ隣の光の中でうっすら見えていた。



「「ソウルアップ・コンプリート!」」



 白い光が上下に弾け、学校近くの公園に二つの機体が降り立つ。

 バーニングカイザーの目が、ライトニングトールを睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る