第6話 王者のプライド見せつけた①

「カイザー。

 これ、ロボ部潰れるんじゃね?」


 バーニングカイザーがハンターアルテミスに敗れ、北欧神話の力すら見せつけられたその日の放課後。

 煌がプレハブ小屋の鍵を開けた瞬間、横にいた隼徒が言葉をこぼす。


「不吉でもないこと言うなって、隼徒。

 ここにスポットがある限り、ロボ部は続くんだから」


「でも、相手もロボなんだからさ!

 これじゃガチ、向こうが真のロボ部、こっちがただのロボ部って言われるって」


 煌は、ゆっくりとドアを開け、無言でいつものパイプ椅子に腰かける。

 それからすぐに、隼徒に向かってため息をついた。


「俺は、1年間バーニングカイザーで戦ってきた。

 ロボのことは、俺が学校で一番分かってる。

 それをたった1回負けただけで、俺たちがロボ部じゃないみたいなこと言うなよ」


「そう言いながら、本当は相手の力を、ユー認めちゃってるんじゃない?」


「認めないって言ったら嘘になるよ。

 ハンターアルテミスのスピードについて来れなかったのは、認めなきゃいけない」


 煌が再びため息をつくと、隼徒は煌の前に立った。

 両手をやや強く机に叩きつける。


「とにかく、俺様たちよりも強いロボが現れちゃったんじゃ、向こうが正義のヒーロー。

 そんな相手の力を認めるんだったらさ!

 ここはもうロボアニメ研究部でよくね?

 昨日、この本そんな読んでないだろ、カイザー?」


 隼徒が、シリーズの資料集とも言うべき『ブレイバーシリーズ・アルティメットユナイト』をバッグから出して、煌の前に置いた。

 煌が、隼徒の顔を見上げる。


「隼徒が寝落ちするような本、俺が真剣に読んだら部室で寝るかも知れないだろ?」


「じゃあ、カイザー。

 ここはどう?」


 昨日、隼徒が思い切り広げたあたりのページに付箋が付いている。

 隼徒は、付箋を持ち上げて煌に見せた。


「ライトニングトールって奴、ここ! なっ!」


「うっわ、マジかよ……。

 向こうもブレイバーシリーズの魂を使ってきてるってことか」


 煌が少しだけ本に目を近づける。

 雷を放つ姿も、今朝、煌が見たとおりだった。


「なっ!

 北欧神話部、間違いなくこのアニメからソウルアップしてくるから、このアニメ研究したほうがいいって!

 じゃないと、ガチでロボ部ディスられるぞ?」


「研究したほうがいいのは分かるよ。

 でもさ……」


 煌は、ついにパイプ椅子から立ち上がり、隼徒に顔を突き出した。


「俺様、何か悪いこと言った?」


「悪い、悪くないってことじゃないよ。

 俺は、別に北欧神話部のロボを倒そうなんて思ってないから」



「は……?」


 隼徒の手が、机の反対側から煌の学ランを掴む。


「いてて……。

 引っ張るなよ!」


「ライバルは、倒した方がよくね?

 いずれ、戦わなきゃいけないんだしさ!」



 そこに、部室のドアが開いた。


「いけねっ、ついに新しい部員が来……」


 隼徒が振り返った瞬間、言葉を止めた。

 掴んでいた煌の学ランも、無意識に振り切る。



赤木あかきくん。

 生徒同士で喧嘩をしてはいけません」


 入ってきたのは、一応ロボ部の顧問の永山校長。

 隼徒の前で腕を組んで止まる。


「俺……、別に喧嘩なんてしてないですよ。

 なっ、カイザー」


 煌はすぐに言葉を返さない。

 永山の目線が、煌のほうへと変わる。



「隼徒、俺が北欧神話部と勝負をしない言ったから怒っています。

 でも、今日だって特に悪いことをしていないし……、大出先生も特に変なことを考えていません……」


 煌は、永山の表情を確かめながら、再び口を開く。


「俺たちは俺たちで、平和を守るだけなんです」


 永山が腕を組む。


「やっぱり、神門みかどくんの正義感は折れませんね。

 ただ、ロボ部の敵が増えているのも確かです」


 そこで、隼徒が息を飲み込む。


「隼徒、何か気付いた?」


「睦と一緒にトレファミに行った日、神崎と目が合ったんだって。

 直後に、俺のところに敵が来ただろ?」


「そういうことです。

 誰がどのように動いているのか考えること、ヒーローとなる部にいる以上自覚してますね」


 永山がうなずき、立ったまま机に両手をつく。



「ソルフレア教が、また動き出しました。

 教祖の八木が、一部の信者だけに、自分でソウルスポットを作ったと言ってきました。

 それを聞いた神崎先生も、新学年になって、自分から力を手に入れようと動いているのです。

 立て続けにアルターソウルを出しています」


 永山が机から手をゆっくりと離す。

 煌へと目線を向けたところで、煌の口が開いた。


「校長先生。

 そう言えば、俺も神崎先生と目が合いました。

 ソウルスポットをここに運んだときです。

 その直後に敵が出て……」


「そうです。

 神門くんが見たマザーデメテルも、赤木くんが見たゴールドヘルメスも、神崎先生のスポットです」


「ということは、あとの2回がソル教……。

 でも、ソル教が来たときに、あれだけ倒したかった神崎先生は動いていない。

 どういうことか、俺には分かりません」


 煌が首をひねると、永山が小さくうなずく。


「そこですよ。

 さっきも言った通り、力を手に入れたいと両方が思っているのです。

 その力は、おそらくロボ部だって手に入れたかったもの……」


「まさか……!」


 隼徒が、永山校長のヒントだけで後ずさりする。

 該当者は、1人しかいない。


「レーヴァテインを……、みんなが自分のものにしたい……」


「私は、そうだと思います。

 おそらく、レーヴァテインはどのソウルスポットにとっても戦力になりますから。

 まさか、ここにきて北欧神話部ができるとは思いませんでした。

 牧島さんが原石まで持っているとは、想定外でしたね」



 本人は、その力を使うことを望んでないんだよなぁ……。


 煌は、そのことだけをあえて言わず、永山に「俺もですよ」とだけ返した。


「とにかく、ソルフレア教も神崎先生も、これからどんどんエスカレードしてくるはずです。

 だからこそ、ここでロボ部に諦めてもらっては困ります。

 いいですね、赤木くん」


 永山の指が、ビシッと隼徒に向けられる。

 隼徒はさらに後ずさりして、プレハブ小屋の壁に寄り掛かった。



「俺、マ……?」


「私、聞きましたよ。

 さっき、プレハブ小屋の前で『ロボ部は終わった』みたいなこと言ってたの」



――ロボ部は終わり!

  北欧神話部に負けたから終わり!

  バスケ部も蹴ったのに、なんて悲しい俺様!



 隼徒が口を押さえる。


「お、俺様……、ロボ部員としてちゃんとしますって」


「分かっているなら、それで結構です。

 これからも、ロボ部の2人には期待していますよ」



 永山が出ていくと、ロボ部の部室は再び静かになった。

 煌が、壁際で立ち尽くす隼徒の前に立つ。


「これでますます、俺たちが北欧神話部と戦っちゃいけないって、分かっただろ。

 敵はそこじゃないんだって」


「カイザー。

 言うのだけは楽じゃね?

 言うのだけは」


 ようやく、背中を壁から離した隼徒が、やや前かがみになって煌と視線を合わせる。


「レーヴァテインを、あっちに取られてどうするん?

 バーニングカイザーの武器になったら、俺様はテンションアゲアゲだけどさ!」


「俺は、睦の意思に従うよ。

 だから、俺たちのスポットに来てなんてことは言わない。

 でも……、完全にシカトするんじゃなくて、できれば北欧神話部と協力したいんだ。

 強いロボ、あっちにもいるんだし」


「なら、大出先生に直談判じかだんぱんすればいいんじゃね?

 ロボ部と北欧神話部が奇跡のユナイトとか!」



「ユナイトはできないけど、一緒には戦える。

 1年の時だって、何回か他のスポットのアルターソウルと協力したことあるし」


「よし、決まった!

 じゃあ、俺様と一緒に北欧神話部へ、レッツゴー!」


 隼徒の手が煌の腕を掴み、引っ張った。

 24時間前にも、全く同じ痛みを煌は感じている。


「腕引っ張るなって!

 しかも、北欧神話部との協力、俺が言ったんだからな!」


「行動力があるほうが、モテる。

 それが2024年のDCの常識!」


 煌を引っ張ってプレハブ小屋を出る隼徒の笑い声が、校舎の壁に跳ね返った。

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