第5話 圧倒的な神話の力に①

 ゴールデンウィークも終盤に差し掛かったある日の朝。

 きらのスマホに隼徒はやとからLINEメッセージが届く。

 煌は、布団から飛び起きてアプリを開いた。



――知ってるか?

  なんか、大出が新しい部を作ったって。

  北欧神話部。オタクって言われてたもんな!



「マジかよ……。

 北欧神話オタクって聞いたことはあるけど……、何をするつもりなんだろう」


 煌は、隼徒に「北欧神話を勉強する部活じゃないの?」と返す。

 秒で返信が届いた。



――ノー! ノー!

  北欧神話の神になれるっぽい。

  アルターソウルさえ持ってれば、だけど。



「ウソだろ……」


 煌の体が、その場で固まる。


「2年生になってからここまで、北欧神話に関わる言葉をいくつ聞いてきたんだよ……。

 全部、大出先生が仕組んでいたのか……。

 いや、そうだとしたら、最初から部活を作ってるよな……」


 煌は、引き出しに向かいミラーストーンを取り出す。

 そこで、煌が最近見た原石のことを思い出す。



「まさか、睦が大出先生にミラーストーンの原石を渡した……?」



 その場で息を飲み込んだ煌が机の前で震えていると、スマホのバイブが鳴りだした。

 隼徒からのLINE電話だ。



――ユー! グッモーニン!

  朝からビビらせちゃって、ごめーん!


「めっちゃハイテンションだな、隼徒。

 俺、マジで今ヤバいことに気付いて落ち込んでるんだからさ」


――そんなヤバい?

  北欧神話の神になれる、そんな夢のような部活。

  俺様だって、フレイムファルコンになってなかったら入っちゃうね!


「そんな単純な話じゃないんだ。

 たぶん……、あっちに……、睦が……」


――はぁ?

  なんでそうなるん?

  ユー、考えすぎ!


 隼徒の声が裏返った。

 ただでさえ声量のある隼徒の声がさらに上乗せされ、煌は思わずスマホを耳から離す。



「だから俺、嫌な予感してるんだって。

 睦が原石を持ってるのが辛くなって、大出先生に原石を渡した。

 しかも、睦のアルターソウルはレーヴァテイン。

 それで、大出先生が自分で北欧神話のスポットを作って取り込む……、というシナリオ」


――あー、あるかも知れねぇ。

  たしかに、俺様もカイザーも、睦が原石を使うの止めてたよなぁ。

  なのに、外からはミラーストーンを使え使えって!

  俺様もコンビニで見た、変な奴に追いかけられると思ったんじゃね?


「たぶん、睦は俺たちとその人との間で板挟みになっていたのかも知れない。

 そこまで分かってあげられなかったのは、俺が悪いよ」


――このまま原石を持ってたら、いつかボコボコにされるかも知れなかったし。


「睦がレーヴァテインなのに、俺たちは何もできなかった。

 他の生徒だって、北欧神話のアルターソウルがあれば取り込まれる。

 間違いなく……」


 煌は、スマホを手に持ったまま背中から布団に倒れ込んだ。

 睦の素顔が、天井に浮かび上がる。


「てか、隼徒に情報が行ってるってことは、北欧神話部、動き出してるかもな」



~~~~~~~~



 ゴールデンウィークが明け、煌は普段より少しだけ早く学校に向かった。

 朝のホームルームが、新入生が部活を正式に決めるタイミングだ。


「睦がそっちに行ってないといいけど……」


 煌は昇降口に入るところで睦を探す。

 そこに、天井に跳ね返るような落ち着いた声が響いた。



『睦、まだ部活決めてなかったよね。

 ミラーストーンを渡した大出先生と僕が、北欧神話部で君を待ってるよ』



 ウソだろっ!

 あの声、スルトの魂を持ってるのに俺たちの仲間にならず、ロボ部を冷やかしに来た……。



『そちらは、どなたですか……』


『僕は、4組の鈴木陽翔はると

 北欧神話部で、スルトの魂を演じるんだ』


 ヤバいって。

 これ、ソウルアップ前提の部だ……。


 煌は、二人の声を辿って、生徒たちの間を縫うように進んだ。

 だが、声は徐々に階段の方に遠ざかっていき、なかなか追いつけない。



『君はレーヴァテイン。

 僕と一緒に戦って、世界を救う最強の剣。

 もう、君を破壊の剣とは呼ばせない。

 さぁ、北欧神話の世界を冒険しようよ!』



 声を頼りに二人に追いつこうとする煌。

 階段の途中で、煌は二人に追いついた。

 睦の手には、手に持って登校するはずがない入部届が握られていた。



「あれ、入部届だ……!

 睦はロボ部を気に入ってたのに」


 煌は二人の目の前で止まり、睦の目を見る。



「睦。

 剣を使いたくないって言ってたのに、どうして北欧神話部で剣を使おうとするんだ」


 煌が睦の肩を持とうとすると、睦は深々と頭を下げた。


「すいません……。

 私はやっぱり、このまま剣の力を使わないと、何をされるか分からないんです」


「なんでだよ……。

 睦が使いたくなかったら使うなって、俺は言って……」


 煌の声が震える。

 一方の睦は、物静かなままだ。


「北欧神話部って、私がミラーストーンの原石を大出先生に渡してできた部なんです。

 私も、北欧神話の世界の魂を持っているし、入らないといけないって思ったんです」


 そこで睦は、陽翔の顔を見る。

 陽翔が薄笑いを浮かべていた。


「睦は、僕の正義に共感したんだ。

 バーニングカイザーを倒さなきゃいけない。

 レーヴァテインと一緒に生きていかなきゃいけない。

 その二つの運命を持った睦は、当然、それを生かす道を選ぶ」



 煌は、抑揚のない陽翔の説得に震える。

 何かを言おうとしても、うまく言葉がまとまらない。

 先に、陽翔の口が開いた。



「というより、君、人がどこの部に入ろうが自由だよね。

 そこにガツガツ入っていくの、正義を超えて悪の組織がやることだよ」


「俺は……、睦のことを考えて言ってるんだ!」


 煌が、顔を陽翔に突き出す。

 陽翔はもう、顔を合わせようとしなかった。


「睦。

 僕は君のことを守る。

 何と言っても、君は北欧神話の世界で僕、スルトと結ばれる運命だから。

 炎しか接点がない、偽物の正義を持ったバーニングカイザーを捨てて、さぁ、行こう」


 陽翔が睦の肩に手を当て、再び階段を上がる。

 煌は、それ以上追いかけることをせず、その場で下を向いた。



「どうして睦が、あっちに行っちゃうんだ……。

 俺たちロボ部が、接し過ぎたのがよくなかったのか……。

 それとも、そもそも睦に原石が重すぎたのか……」


 ホームルームまでは時間に余裕があるとは言え、煌はその睦のいる教室へと踏み出す足が重く感じた。

 その時、下から赤い髪の男子が上がってくるのが煌の目に留まった。


「隼徒。

 最悪の展開になったよ……」


「カイザー、もしかして睦まで北欧神話部に取られた?」


「うん……。

 入部届まで見たから、もう落ち込みっぱなし。

 ……って、睦までってことは、他にもいるんかよ」



 隼徒がLINEを開いた状態で、煌にスマホを見せる。


「例えば、これ!

 ユー、どう思う?」


 2年1組のLINEグループではない、同学年のオタク系だけを集めたLINEグループだ。

 煌の隣に座るてるがこう書いていた。



――北欧神話部、1期生に俺はなる!

  てか、友達の萌に誘われたし、行かないわけにはいかないし!



「ファンタジーっぽいから、オタクは行くよね……」


 煌が顔を上げると、隼徒は首を横に振った。


「その下、見てみ!

 完全に陽翔主導だからさ!」



――俺と一緒に北欧神話部に入りたい人!

  4組の鈴木が、名前入りの入部届を作るって!

  アカウントはこれ!



「ひでぇ……。

 こんなギリギリに入部届を作るって、陽翔は確信犯だよ……。

 大出先生に言われてやってるかも知れないけど」


「どっちだろうね。

 少なくとも、この前レーヴァテインの討論をしに来てた人は、みんな寝返るんじゃね?」



 煌が、何とか隼徒の歩幅について行く。

 目の前の世界は真っ白だった。


「これで、俺たち以外にロボ部いなかったらへこむ……」


「カイザー、元気出せって。

 少なくともカイザーは、ミラーストーンの怖さを知ってて睦に言ったんだろ」


「それはそうだけどさ……」



 煌の頭の中には、大出と陽翔の姿が交互に思い浮かんでいた。

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