第4話 本当の強さ教えてくれた②

 きらが職員室から部室の鍵を持ってくると、プレハブ小屋の前には15人以上の生徒が待っていた。

 ロボ部の部室に、これだけ多くの生徒がやって来たのは、フレイムファルコン生誕祭で隼徒はやとが呼びまくった日以来だ。


 隼徒が列から抜け出して、煌に駆け寄って来る。


「ユー、こんなイベント企画して、オタクな1年生が来ないわけないだろぉ?

 中学生のほとんどは、アニメやゲームに絶対一度は触れてるものな!」


「まぁ、俺たちはそこそこだけどさ……。

 でもさ、もうほとんどチャンスがないんだし、ここで部員を入れようよ!」


「だな。

 ワンチャン仮入部寝返りも期待!」



 煌が部室の鍵を開け、まず討論に参加する生徒から中に入れる。

 当事者の睦、破壊の剣だと信じてきた隼徒、そしてオタク男子のてるとオタク女子のもえ

 4人がパイプ椅子に座るのを見て、煌がオーディエンスを中に入れる。

 名札を見る限り、1年生もいるようだ。



「というわけで、みんな来てくれてサンキュー!

 俺様は、レーヴァテインを破壊の剣だと信じてやまないリアじゅう赤木あかき隼徒でぇす!

 そして!」


 隼徒が両手を煌に向けた。


「俺、バーニングカイザーをやってる神門みかど|煌です。

 ロボ部の部長をやってます。よろしくお願いします」


「そして!」


 机の反対側には、ピンク色の髪の女子と金髪の男子が肩を組む。


「アニメ大好き、白木しろき萌と……」


「萌の影響で深夜アニメに沼った板東輝でぇす!」



 この2人のせいで、オタク側のほうが陽キャに見えるよな、これ……。



「そして、この牧島睦が、レーヴァテインの魂を持ってると言われた女子です」


「隼徒。

 睦だけこっちで名前紹介するの、なしだろ?」


「いいの! いいの!

 睦は今日、自分の魂がどういう力なのか学んでほしくて呼んだんだからさ。

 なっ、睦!」


「はいっ」


 睦の声は普段のようにおとなしかった。

 その声が机の間を駆け抜けていったところで、隼徒が本題を切り出す。



「レーヴァテインは正義の剣なのか、破壊の剣なのか徹底討論!

 バーニングカイザーも、あそこにある光のサークルから見てるかも知れなーい!

 さ、意見がある人、言った言った!」


 隼徒、完全に司会だよな、これ。

 俺の仲間、マジでいないじゃないか……。


「はい、輝!」


「俺は、深夜の異世界アニメ『転生したら剣士でした』のイメージかな?

 スルトっていうキャラの武器!」


「輝……。

 スルトの魂を持った人、俺、この前見たって!

 4組の陽翔はると

 炎の巨人だったような……」


「イメージはそんな感じでいいと思う。

 でも、この作品のスルトは闇堕ちキャラ。

 闇に落ちたら右腕がレーヴァテインになって、それで世界を一回焼き尽くした!」



 そこで、席を取り囲んだ生徒から手が挙がる。


「闇堕ちキャラが破壊に出るのは当然だと思います!」


「闇堕ちキャラが正義のヒーローになるなんて、ほとんどありません!」



 周囲からのツッコミに、隼徒は大きくうなずく。

 それから煌のほうに体を伸ばした。


「どう? カイザー。

 スルトが持ったら闇の剣になるみたいだって!」


「隼徒、今の話、そんな結論になる?

 あくまでそれは、使い手の問題じゃない?」


「はい!」


 煌が口を閉じると、今度は萌の手が挙がった。


「私は、いろんなゲームをやってきたから分かる!

 炎の剣レーヴァテインが実装されて弱かったこと、ない!

 もし、レーヴァテインの力がすごいこと知らなかったら、社会の大出に聞いてみっ!」


「大出先生が、北欧神話に詳しいんだ……。

 俺のクラスも社会は大出先生だけど、初めて聞いたよ」


 煌が萌に体を乗り出す。


「大出は、北欧神話オタク! 私、そうにしか見えなかった!

 2組の社会の授業で、北欧神話のこと10分くらいしゃべってたんだから!」


「へぇ……」


 煌は、睦に目をやる。

 睦が珍しくうなずいている。

 そこに、萌が口を開く。


「ってわけで、レーヴァテインの力は、北欧神話最強!

 この名前を名乗れるだけ、すっごいと思う!

 持ってるのは、こんな炎のかけらもない、冷え切った女子だけどね!」


「萌!

 こんなところで、睦に皮肉言うのダメだって!」


 煌が首を横に振っても、萌は「あっそ」とだけ返し、隼徒に顔を向ける。


「周りに聞いてよ!

 レーヴァテインは最強チート武器だって信じてる人!」


「モエピーがそこまで言うんなら……。

 手を挙げて!」


 集まった生徒たちの大半が手を挙げる。

 萌が、いま手を挙げた生徒に振り返った。


「じゃあ、私からもう一つアンケート!

 この牧島睦は、レーヴァテインっぽくないと思う人!

 はいっ」


「その質問、やめろって!」


 煌が両手をついて、萌を止めた。

 周囲の上がりかけた手が、止まる。



「俺、1組で睦と毎日会ってるけどさ。

 レーヴァテインの魂を怖いって言ってるんだ。

 原石を渡された人から破壊の剣って言われて、ずっと落ち込んでるよ」


 煌の声に、周囲が静まる。

 中にいる人一人ひとりが、当事者である睦に目を向けた。


「少なくとも、それを持つことでどれほど恐怖になっているか、俺には分かる。

 その剣で世界を破壊したいのか、それとも世界を守るのか。

 それは、睦が必要だと思った時に考えればいい」


 睦が無言でうなずくのを、煌は見た。


「睦は心の中で、レーヴァテインを怖がってる。

 怖がってるうちは、俺たちがレーヴァテインに期待しちゃいけないよ。

 その魂を使うタイミングを自分で決めること。

 それが本当の強さだと思う」



 数秒静まり返った。


「あー、やっぱり皇帝様がありがたい言葉を言うと、雰囲気変わるねぇ!

 ユー、やりすぎ!」


「俺、朝からそう思ってたんだからさ!

 隼徒だって、朝の睦の目を見ただろ、輝に呼ばれたとき」


 隼徒は、何も言わずに首を横に振り、睦に体を向けた。


「さっ!

 こんな同級生同士で、たった1本の炎の剣で醜い争いをしちゃってごめんな!

 睦は今までの話を聞いて、レーヴァテインのことどう思う?」



「聞いたときは、強そうって少しは思いました……。

 でも、そんなレーヴァテインなんて、使いたくないって思ってるんです……。

 バーニングカイザーの仲間とか、神崎先生の仲間とか、剣で滅ぼすように言われています……。

 でも、力はあるのに、それをかざす勇気がないんです」


 かすかに「敵じゃん」といった声が上がるも、睦は一度下を向き、ゆっくりと顔を戻した。



「私は、こんな立派な剣を持ってても、何もできません」



「そうか……」


 隼徒が、ここでスマホに目をやる。

 仮入部の時間が終わる、夕方5時が近づいてきていた。


「じゃあ、もう仮入部の時間も終わるし、ひとまず解散!

 俺様、睦のことを応援するからな!」


 隼徒の声で、睦は立ち上がる。

 プレハブ小屋を出る時、深く頭を下げた。

 それを追うように、討論を見ようと集まった生徒たちが、次々とプレハブ小屋から出ていった。



「何も進展なかったね……、これだと……」


 オタク2人と非オタ2人が向き合っているだけの、静かな部室に煌の声が響く。


「カイザーが、全部議論をひっくり返したからじゃね?」


「黙って見てられるかよ!

 萌が公開処刑っぽいことをしてたのに!」


「えっ……。

 神門くんは私のせいにするってわけね。へー」


 そこに、輝が萌の肩を叩く。


「あれが一番盛り上がったんだから、いいよなぁ。

 俺、萌のせいにするほうがおかしいと思うけど」


「じゃあ、ぶっちゃけ俺様が睦を呼ばない方がよかったってこと?

 それはそれで、睦がかわいそうじゃね?

 ずっと悩んでるんだし。

 な、プロファイラーのカイザー!」


「プロファイラーってなんだよ」


 煌が隼徒に身を乗り出しかけて、やめた。


 何でこんなことになったんだか。



~~~~~~~~



 ほぼ同じ頃。


「戸畑さんだ……」


 校門の横で、オールバックの黒髪が睦の目に飛び込んだ。

 雰囲気だけで分かる。


「逃げなきゃ……」


 コンビニの駐車場と違って、ここでは隠れるスペースが全くない。

 走れば靴音で気付かれるかも知れない。

 そこで、睦は横歩きで、なるべくフェンスに沿って素早く歩くことにした。


「今度こそ……、スポットを作れなかったこと、怒られてしまう……」


 何度も校門の方に振り返る睦。

 だが、戸畑は全く近づく気配がない。


「というか、怖い……。

 キラくん以外、みんな私をレーヴァテインの人だと思ってる……」



 睦は、学校からだいぶ離れたところで、一度立ち止まった。

 追ってはこない。

 ポケットからミラーストーンの原石を取り出し、目の前に近づける。


「ダメだ……。

 やっぱり、私はこんな力を使っちゃいけない……。

 キラくんだって、私が必要だと思った時に使った方がいい、って言ってたし」


 プレハブ小屋の中でさんざん言われた睦の足は、この日は決して重くはなかった。



~~~~~~~~



「さ、俺様も下校の時間。

 明日もイベントを考えないと、人来ないって……」


 くたびれた様子の隼徒が、大きく背伸びをする。

 煌が隼徒に向けて首を横に振った。


「今日みたいなことは、やめようよ。

 睦がますますかわいそうだったし……」


「まぁな」


 そこに、校内放送が響いた。

 珍しくプレハブ小屋の中にまで響く。



――2年1組、神門煌。

  2年1組、神門煌。

  職員室、大出のところまで来て下さい。



「はい、カイザー呼び出し!

 これ、北欧神話オタクからイベントそのものが怒られるんじゃね?」


「聞いてるわけないだろ。

 たぶん、通らなかったんだし。

 どうせ鍵返しに職員室に行くし、隼徒は先に帰った方がいい」


「分かった」



 煌は部室のドアを閉めて、呼び出された職員室に向かった。

 隼徒は、煌が校舎の中に吸い込まれていくのを見て歩き出す。

 その時……。



「なっ……!」


 校門の上に白い光が現れ、その中から一人の巨人が解き放たれた。


「こっちに降りてくる!」


 巨人の目は、明らかに隼徒を睨みつけていた。

 隼徒の前に舞い降り、今にも踏みつぶそうと靴を上げる。


「私は、ロキ・ザ・トリックスター。

 睦の勇気ある行動を止めた、あなたの罪は相当なものですよ」


「どういうことだよ……!

 睦は、危険なスポットを作ろうとしたんだぞ!」


 隼徒が、背中を西日に照らされる。

 その光に、ミラーストーンをかざした。



「アルターソウル、解放リベレーション!」



 ミラーストーンが眩しい光に包まれ、その光に向かって隼徒が叫ぶ。



「フレイムファルコン! キング・オブ・スピード!」



 ミラーストーンの眩しい光が反射した方向へ、隼徒の体が吸い込まれた。

 光の中からフレイムファルコンのシルエットが現れ、瞬く間に隼徒の目の前に迫る。

 炎を纏った力強い翼が、隼徒の腕に衝突。

 コンディションを確かめるように、軽く羽ばたく。



「ソウルアップ・コンプリート!」



 白い光が上下に弾け、上空に炎の翼が舞う。

 高さ30mはある巨人を睨みつけた。



「最速の翼、フレイムファルコン!」

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