第3話 破壊の剣を持った私に②
転校生の4月は1年生と同じく仮入部期間なので、睦も煌たちより1時間早く、夕方5時に下校している。
ビンゴで玉砕したその日も、夕方5時が近づいてきた。
「てか、睦、どこの部に入るんだろう」
隼徒は、ほとんど趣味を聞き出せなかったビンゴカードを見て、何かを考えていた。
「あれだけ趣味ないんじゃ、部活も決められないんじゃね?」
「やっぱり、補習部になるのかな……」
補習部と言えば、部活を決められなかった煌が1年生の間過ごすことになってしまった部だ。
東領家中学校には帰宅部がなく、どの部にも入れなかった生徒は、宿題などを行うことが活動のメインとなる補習部に入部することになっている。
「まぁ、何も起きないんじゃ、ここも補習部みたいなもんだけどさ。
俺様はヒーローになるとき待ちだけど」
その時、プレハブ小屋の窓から睦が校門へと帰るのが煌たちの目に飛び込んできた。
すぐに隼徒が立ち上がる。
「あ、睦だ。
コンビニ、24ファミリーが好きって書いてたから、どこの24ファミリーが気に入ってるか、俺様聞いてくるよ」
「だったら、俺も行くよ。
睦がどうしてコンビニをすぐ書けたのか、俺だって気にな……」
「カイザーが一緒についてったら、また2対1で口聞いてくれなくなるだろ?
俺様のやらかしは、俺様で解決しないと!」
煌の言葉を止めると、隼徒はバッグを肩に掛けて部室を出て行く。
後には、隼徒の作ったビンゴカードが残された。
「24ファミリーだけ、すぐに書けた理由……。
あっ、もしかして……」
煌は、1分もしないうちに息を飲み込んだ。
隼徒を追いかけようとしたが、既に隼徒の姿は見えなかった。
「隼徒にLINE入れるか……」
煌は、睦の言葉を何度か頭に思い浮かべながら、メッセージを送った。
――ママがコンビニで働いてるんです。
~~~~~~~~
「睦、歩くの遅くね?」
学校を出た睦を、隼徒が10mほど後ろから追いかける。
だが、周りを歩いている工場帰りの人々と比べて、明らかに足が遅い。
睦は前ではなく、下を向いて何かを見ているのだった。
「何見てるんだ……。
前向いてなきゃ危ないって」
隼徒が睦に聞こえないように呟くと、睦は何かを察したように顔を上げた。
下ろした右手には、首都圏の道路地図が握られていた。
コンビニで売られているような薄いものだ。
「マ……?
今時、紙の道路地図を見ながら歩く?」
隼徒は、大股で睦に近づく。
睦の横までやって来ると、顔をそっと睦に向けた。
「睦!」
睦が、隼徒の声に反応する。
「あ、ハヤトくん……?
なんか、今日気まずいやり取りをして、すいません……」
隼徒に向かって深くお辞儀をする睦。
だが、隼徒はすぐに首を横に振った。
「そんな気にするなって!
コンビニ、トレファミが好きなんだろ?
それが分かっただけでも、俺様すっごい満足してるから!」
睦はやや下を向いて、再び歩き出した。
目の前に24ファミリーの看板が見えてくるが、睦は駐車場に入ろうとしない。
「睦、ここに入らないの?
今日は特に用事ないん?」
「私が行く場所は、ここじゃありません。
もっと先です……」
睦が、手に持っていた道路地図を開く。
首都圏の道路地図とは言え、ずいぶんとページ数が少ないものだった。
その中に、睦は東領家中学校の場所を赤い丸で書いていた。
「見づらくね、これ?
だったら、睦が行きたい場所を俺様がスマホで探すよ」
「ありがとうございます。
でも……、私がこれから何度も行かなきゃいけない場所だから、自分の目で覚えないといけないんです」
睦は、ほとんど家が立っていない、大規模工場の脇をひたすら進む。
歩道もなくなり、隼徒が睦の横を歩ける場所も限られてきた。
「てか、睦。
こんな地図しか持ってないんだったら、学校にスマホ持って来たほうがいいって!
なんか、あのカイザー以上に真面目に見えるって」
「持ってないんです」
睦が、隼徒のスマホを一瞬見て、首を横に振る。
「ガラケーも?」
「ガラケーも持ってません。
ママも、自分のは持ってないんです」
「は? それ、なくね?
いま2024年だろ?
持ってないってさ……、いや……、持ってない家だってあるよな!」
睦は、静かにうなずいた。
「だから……、私がこんなスピードで歩いてても、気にしなくていいんです。
それともハヤトくん、もしかして私の店まで連れて行きたいと思ってるんですか」
「俺様、そんなつもりじゃねぇって。
ただ、睦がどんな女子か気になってさ。
転校してから、なかなか話せなかったし」
そう言っている間にも、反対車線に24ファミリーの建物が見える。
ここでも、睦は中に入ろうとしない。
そのすぐ先で、隼徒は迫ってくる1台の車に目が留まった。
「あれ、神崎先生じゃね?」
「神崎先生……?」
「そっ!
カイザーの前でミラーストーンを落とした先生!
だから、学校の平和を一番守ってる、かも知れない先生!」
「そうなんだ……。
神崎先生って、ハヤトくんにはそう思われてるんですね……」
睦は、すぐに正面に向き直る。
すぐ前には、都県境を表す看板が立っているが、睦は特に気にする様子もなく歩き続ける。
「ちょっ……、もうすぐ領家市出るんじゃね?
大丈夫?」
「大丈夫です。
私が行くのは、都内に入ったところですから」
「都内か……。
でも、俺様は睦の行きたい場所、どこまでもついて行くからさ!」
睦は、何も言わずに頭を下げた。
~~~~~~~~
それから10分も歩かずして、さらに1軒の24ファミリーが見えてきた。
「ハヤトくん。
ここが、私が行かなきゃいけないコンビニ」
「学校から30分くらいかかってるから、遠くね?
ここが、睦の推しコンビニ?」
「推さなきゃいけないコンビニです」
睦が一瞬、隼徒に目を向け、それから顔を正面に戻した。
そのとき、睦が隼徒の腕を思い切り引っ張った。
「あっ……!」
「ユー、どこ行くん?」
「まずいです……」
睦は、24ファミリーの駐車場に止まっていた1台のミニバンの後ろに回り込み、そこでしゃがみ込んだ。
そこから、店の前の様子を伺う。
「だから、どうしたんだって!
警察の車もないし、事件とか起きてなくね?」
「事件じゃないです……。
でも、ほら……、そこに……」
睦が手を伸ばした先に、オールバックの黒髪を風に揺らした一人の男性が、店の前で店員といろいろやり取りをしていた。
「なんか、ただコンビニの偉い人が来てるだけぽくね?
入口を邪魔してるわけじゃねぇしさ、入るのはいいだろ?」
「違うんです。
その人……、
何度か言葉を止めて言い切ると、睦は下を向いた。
「親の会社の人……。
でも、睦がなんでそこまで知ってるんだよ」
隼徒が、小声で睦に尋ねる。
ちょうどその時、ミニバンの運転士と思われる人物が車に近づいてきた。
「まだ、戸畑って奴いる?」
「まだいます。逃げましょう」
今度は、隣に止まっていた軽トラックの後ろに隠れる二人。
身を落ち着かせると、睦は首を横に振った。
「戸畑さんとは……、私、何度も会ってるんです。
いろんなところで。
でも……、今はちょっと会うと気まずいかなって思います」
「そうか……。
睦と戸畑って奴の間に、何かあったんだな」
隼徒が軽トラの横から顔を覗かせると、先程見えた戸畑が24ファミリーの営業車に乗り込んでいくのが見えた。
車が走り出す。
「帰ったみたい。
睦、出なっ!」
「分かりました」
隼徒が、店の入口に戸畑がいないことを確かめて、睦の手を引っ張った。
だが、同時に隼徒の耳に低い声が響いた。
『まだ力を見せぬアルターソウルを狙う者が、上空に現れた。
あの魂を、奪われてはいけない。
いま、我が魂を解放し、力強く空を舞え!』
「俺様のアルターソウルが……、語り掛けている……」
「ハヤトくんも、アルターソウル持ってるんですね」
睦が隼徒の腕を強く掴むと、隼徒は体の向きを変えて睦にうなずいた。
「そっ。
俺様、いまガチで睦を守らなきゃいけないんだ!
いま、ヒーローになる!」
「分かった」
睦に背中を押されるように、隼徒が駐車場の真ん中に飛び出す。
その真上に白い光が現れ、全身を金色に染めた、人間型の巨大な機体が駐車場に降り立った。
「さぁ……。
きっちり払ってもらいましょか。
世界を滅ぼす、素敵な力とやつをな……」
「くっそ……!」
隼徒が、降り立った機体を睨みつける。
煌が普段していることを思い出しながら、西に傾いた太陽の光に向かってミラーストーンをかざした。
「アルターソウル、
ミラーストーンが眩しい光に包まれ、その光に向かって隼徒が叫ぶ。
「フレイムファルコン! キング・オブ・スピード!」
ミラーストーンの眩しい光が反射した方向へ、隼徒の体が吸い込まれた。
光の中からフレイムファルコンのシルエットが現れ、瞬く間に隼徒の目の前に迫る。
炎を纏った力強い翼が、隼徒の腕に衝突。
コンディションを確かめるように、軽く羽ばたく。
「ソウルアップ・コンプリート!」
他を寄せ付けぬ速さを武器に 天空
標的逃さぬ強き翼 赤き光の残像を描く
狩りに長けた素早き肉体 炎のファルコン、いま舞い上がる
「最速の翼、フレイムファルコン!」
白い光が上下に弾け、上空に炎の翼が舞う。
隼徒に宿った新たな魂が、鋭い目で標的を捕らえた。
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