第3話 破壊の剣を持った私に①

「さて、この2週間、社会の授業では日本の形とか、どういった地方や県があるかとかを簡単に復習してきました。

 2年生の地理では、私たちが住む日本について、より深く学んでいきたいと思います」



「ねみぃ……。

 日本地理なんて、アニメの聖地以外に学ぶ必要ある?」


 社会の授業中、てるが大きくあくびをする。

 席が隣のきらは、そっと手を伸ばし、輝の肩を叩く。


「静かにしようよ!

 あくびの音、俺に聞こえてるって」


 煌が小声で告げた瞬間、社会の教科担任・大出おおで慎太郎しんたろうが教科書を教卓の上に置いた。



神門みかど

 あくびするんじゃない!」



 教室から一瞬笑いが起こって、静まる。

 輝も笑っていた。


 あくびは俺じゃねぇって……。

 でも、俺のほうがうるさかったかも……。



「ちょっと、学校のヒーローに社会の授業を舐められてるように思えましたので……」


「すいません。

 俺、真面目に授業受けます」



 煌が頭を下げるも、大出は特段目を合わせようとしない。

 黒板の左上に、黙々と字を書き始めた。



「2人で巡る日本を知る旅。

 2学期に、日本の各地方のことを勉強します。

 その時に、実際に日本の好きなところを旅して見てきた、産業や文化、気候など、好きなテーマで、2人1組で発表してもらいます」


 「マジかよ」と叫ぶ声が、教室中を駆け巡る。

 授業の中では、絶対に完結しない課題だ。


「旅して、と書きましたので、ネットで調べて旅しました、というのはダメとします。

 本当は4~5人のグループ学習にしようと思っていました。

 ですが、こんなうるさいクラスだからこそ、いろいろな生徒に参加して欲しい。

 急遽きゅうきょ、このクラスだけ2人1組とします」


 大出が、ここで煌に目を向ける。

 目線が一直線になった輝が、煌に体を乗り出す。


「何やってるんだよ、カイザー。

 勉強できる人に資料を任せるなんてこと、できなくなるよ」


「俺は……、勉強できる人だけに任せちゃダメだと思うけど……」


「なんなら、1人ずつ発表にしますか」


 大出が鋭く突っ込むと、輝が首を横に振った。


「では、5分あげますから、発表のペアを組んで下さい。

 勉強ができる人同士とか、友達同士とか、そういうのはできるだけなしで」


 教室から、ほぼ不本意の「はい」が漏れる。

 多くの生徒が、煌や輝を細い目で見る。


 俺、何も悪いことやってないはずなのに……。



「輝、俺と組もうよ。

 こんなことになったんだからさ」


「煌は正義感強すぎて、サボれないから嫌っ!

 聖地巡礼もできなくなるしごめんだな」


 あっという間に、輝に振られる煌。

 バーニングカイザーの聖地など、この学校以外におそらくあるわけがない。


 次に、隼徒はやとが煌に迫ってきた。


「よっ、カイザー!

 やっぱり、真面目くんのユーと組もうって奴、誰もいねぇだろ?

 だったら……」


「えっ、隼徒。

 俺と組みたいの?」


「同じ部だろ?

 男二人で、社会のレポートも兼ねて、ロボ部の合宿でもやっちゃいなよ!」


「まぁ……、ロボ部は基本暇であって欲しいけどね」


 煌は、うなずこうとした。

 だが、隼徒の後ろに睦の姿を見たとき、煌は体の動きを止めた。

 隼徒も、ほぼ同時に睦に振り向く。


「睦……?」


 班分けにもかかわらず、席を立たずじっと教室を眺めている睦。

 濃い茶髪が、窓から吹き込む風に揺れる。



――私はただ、学校にいるだけですから……。



 転校2日目に聞いた言葉を、煌は睦の目を見るだけで思い出す。

 煌は、首を横に振った。


「睦。

 社会の発表のペア、探さないの?」


 睦の席に駆け寄る煌。

 睦は、それでも席を立たない。


「私、自分から声を掛けるの、苦手なんです」


「そんなこと言ったってさ。

 ほら、2週間も経ったんだから、この人だったら一緒に勉強したいとか思ってる人、いると思う」


「キラくん、すいません。

 私、そんな人を作ろうと思わないんです。

 ここで勉強できるだけで、十分楽しいですから」


「いや、一人ぼっちじゃ、寂しいだろ……?

 しかも、中2で転校してきて……、自分をアピールしないと知ってもらえないよ。

 そこに、自己アピールのうまい奴いるしさ」



 そう言って、煌は横を振り向く。

 隼徒が、真凜まりん口説くどいていた。


「隼徒……!

 俺を捨てて、マリンちゃんに行きやがった!」


 隼徒に声を掛けられない煌は、睦に向き直ることしかできなかった。

 そこに、大出の声が煌に響く。


「さ、これでペアができましたね。

 とりあえず、赤木あかき砂田すなだ……」


 班決めタイムが終わり、煌のペアは決定した。


「決まったね、これで。

 睦、俺と日本の行きたいところに旅しようよ!」


「無理だと思います。

 私に、そんな時間ないですから」


 睦は顔を上げる。

 寂しげな表情は見せないものの、言葉のトーンが初めて出会ったときと比べてかなり低い。


「だったらさ、これ、どう?

 睦が前の中学にいたときの街の様子とか」


「あまりよく覚えてない。

 この前まで、田舎に住んでたし……」


「だから、発表のネタになるんだって」


 煌が、睦の席の横で中腰になろうとした。

 その時、大出が教科書で教卓を叩いた。


「神門!

 席に戻りなさい!」



~~~~~~~~



「隼徒も、睦のこと気にしてただろ」


 その日のロボ部にも仮入部の生徒が来ず、煌と隼徒が二人きりで過ごすことになった。

 社会の発表のことが話題になると、煌はため息をつく。


「俺様は……、カイザーにフラれたと思ったからさ。

 マリっちょに声掛けただけ」


「ちょっと睦がかわいそうだから……。

 あのまま行くと、消去法でマリンちゃんと組むしかなかったし」


「マリっちょもマリっちょで、ペアができなくて焦ってたんじゃな~い?

 いや、俺様を待ってたんだって!

 消去法でカイザーと睦が残るの、クラスの大半がそう思ってたんだから気にするなって」



 まぁ、それが正論だけどさ……。



「というか、睦ずっと寂しそうだよ。

 この2週間。

 全然クラスにとけ込めてない感じ」


「中学になれば、友達同士で行動するんじゃね?

 今更新しい友達なんて作れるわけないのが中2!

 ユーも、薄々気付いてるんだろ?」


「それでも、クラスにあんな寂しそうにしてる生徒がいたら、俺、放っておけないよ!」


 隼徒が、煌の前で頭を抱える。

 カバンからスマホを取り出して、LINEグループを開いて煌に見せた。


「クラスのLINEグループ、いま36人!

 あと睦だけ入れればコンプ!

 睦が学校にスマホを持ってきてくれる日をずっと待ってる、かわいそうな俺様……」


「だったら、隼徒も動いてみなよ。

 俺だけじゃなくて、隼徒も声を掛けたら、睦はきっと心を開くはず」


「だな……。

 よしっ! 俺様の中でいい案が思いつーいた!」


 隼徒は、プリントの裏に定規で線を引き始めた。

 やや広めのマス目を描いているようだ。


「なに作ってるんだよ、隼徒」


「ビンゴ!

 これだけで盛り上がれるだろ!

 好きなものがあるってだけで、一瞬でビンゴになりそうなやつ!」



 隼徒は、適当に「好きなアニメ」「好きなユーチューバー」「好きなアーティスト」「好きな男性アイドル」「好きなお菓子」など、FREEを除く24個のマスに適当な「好きな〇〇」と書き入れる。


「これ、2次元好きだったら斜めにビンゴできるし、アイドル好きだったら縦でビンゴできる!

 こうやって、睦の趣味を聞き出すんだ!

 そしたら、友達になれそうな人をお見合いする!

 最高の友達プロデューサーに、俺様はなってやる!」


「睦に、この学校で友達が見付かるといいね」


 煌は、隼徒の作ったビンゴを一目見て大きくうなずいた。



~~~~~~~~



 翌日の昼休み。



「ジャーン!

 俺様が、睦の好きそうなことでビンゴ作った!」


「好きな……、こと……?」


 隼徒が、前日に作ったビンゴカードという名の裏紙を、睦に渡す。

 その横には、企画に協力した煌も立っている。


「好きなペットってマスは、犬とか猫とか書いてみる。

 それで、好きなことだけで睦がビンゴを作るんだ!

 なっ! 楽しいだろ!」



 睦の表情が曇り出す。


「何でもいいって!」


 睦がシャーペンを持って、全てのマスを見て固まる。

 煌が身を乗り出す。


「全部埋めなくていいし!」


 隼徒が催促しても、睦はほとんどのマスを埋められないままだった。


 マジかよ……。

 これ、気まずくなるって……。



「これしかなかったです。

 ビンゴできませんでした」


 睦が隼徒に、ビンゴカードを戻す。

 隼徒が紙を目に近づけ、息を飲み込んだ。



「好きなアーティストが『覚えてない』。

 好きな食べ物が『おにぎり』。

 好きなコンビニが『24トウェンティフォーファミリー』。

 ……ガチで、これしかないのかよ!」


 睦が、力なくうなずく。

 煌も横からビンゴの結果を目にした瞬間、口を開けたまま動けなくなった。


 これ、どう見たっておにぎり好きのコンビニオタクにしか見えないって……。



「いろいろ好きなことあるだろ?

 なっ!

 自分から、これ好きとか、これ得意とか、アピールしなきゃ!」


 隼徒が、睦の肩に手を掛けようとした。

 そこで睦が首を横に振る。


「アーティストとかブランドとか、テレビ番組とか……。

 私は何となく知ってます。

 でも……、雑誌の中で知っただけで、本物を見てないんです」


「それ、マジで言ってるん?

 俺様と同じ学年なのに、ネットじゃなくて雑誌?」


「雑誌でもよくない?

 一応、そういうのは勉強してるみたい。

 でも、あんまりそこを突っ込んじゃいけないって」


 煌が隼徒の腕を引っ張る。

 だが、隼徒は煌の手をほどき、睦に再びビンゴカードを差し出した。


「ホントにないの?

 俺様、こんな惨めなビンゴになるの、めっちゃ悲しいって。

 雑誌で名前見ただけでもいいから、ユー、書いちゃいなよ!」


「すいません……。

 今の私には、これ以上好きなことがありません……」


「終わった……」



 隼徒が、睦の前で呆然となる。

 ほぼ趣味を聞き出せなかったビンゴカードを手にしたまま、立つしかなかった。

 煌が、教室の端に隼徒と連れて行く。


「隼徒、逆効果だったね……。

 好きなことがない、人と合わせられる話題がないって、コンプレックスを与えただけかも」


「だな……。

 こんなことになっちゃって、俺様でフォローしなきゃな」


「したほうがいいよ。

 睦、このままだと不登校になってもおかしくない」



 煌は、睦に聞こえていないと信じて、遠く離れた睦の席に目をやる。

 睦はそれでも、心の中で泣いているようだった。

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