第2話 ぶつかり合った二つの正義②

 翌日。仮入部期間3日目。


「いい加減、1年生に来て欲しいな……」


 帰りのホームルームが終わると、きらは窓から見えるプレハブ小屋に目をやり、うなずいた。

 それから、隼徒はやとの席に向かうが……。


わりぃ、カイザー!

 マリっちょに誘われて、今日はデートなんだ!」


「マジ……?」


 隼徒の隣には、真凛まりんが隼徒のバッグを軽く掴んでいる。

 真凛の首が、煌に向く。


「昨日、ロボ部に画像をあげた代わりに、放課後ハヤトくんとギューッとしたいの!」



 いや、なんでそんな交換条件になるか分からないけどさ。



「とにかく、今日だけはロボ部休む!

 明日からまた1年生に、バーニングカイザーの魅力をたっくさん伝えるから!」


「分かった。

 でも俺、今日こそ新入部員が来るって信じる!」


 煌は、足早に隼徒たちの前から立ち去った。



~~~~~~~~



 数分後。


「寂しい……」


 4月だというのに、冬の北風が校庭に吹き荒れる。

 プレハブ小屋のドアも、ガタガタ鳴り始めた。

 1年生は、天気を見て文化部に狙いを変えたかのだろうか、窓からほとんど姿が見えない。


「絶望的……」


 自分のアルターソウルではないロボのフィギュアが鎮座する机。

 煌は、プリントの裏にビクトリーヴァイキングの模写を始めようとして、首を横に振った。


「いや、俺がプリントを汚しちゃいけない……」



 机に置いたシャーペンが、カタッと音を立てて傾く。

 その時、プレハブ小屋の前で一人の男子が立ち止まった。

 やや長めの白い髪が風に揺れている。


「誰だろう……」


 煌がドアのほうに体を向けると、ドアが勢いよく開いた。


「ロボ部、ここだよね」


 煌が本当に見たことがない、物静かそうな男子が近づいてくる。

 煌は、自然と震え出した。


 なんか、変なオーラが漂ってる……。

 これが、初めてロボ部に来る1年……?



「ロボ部に興味、あるんだよね」


 白い髪の男子がうなずく。


「俺、部長の神門みかど煌。

 バーニングカイザーで学校の平和を守る2年生」


「じゃあ、君は僕と同じ学年だね。

 僕、2年4組の鈴木すずき陽翔はると



 また2年か……。

 いや、せっかく来てるんだから、ロボ部に勧誘しないと!


 煌が口を開きかけたとき、陽翔の口がそれよりも大きく開いた。


「ロボ部がどこか、僕、探したよ。

 居場所を作ってくれて、ありがとう。

 僕が今日から、学校の新しいヒーローになるから。

 ミラーストーンの原石、ない?」


「持ってないよ……。

 ……って、は……、陽翔、いま何と言った?」


 煌は、陽翔の言葉を思い出しながら、陽翔に顔を近づけた。


「ビビりだね、君。

 僕はヒーローになって、悪を倒したい」


「そう言ってもなぁ……。

 俺、原石を持ってるわけじゃないし、そんな簡単に手に入らないんだ。

 このスポットだって、1年前に神崎先生が落とした原石で生まれたんだから」


「とにかく、僕はヒーローになりたいんだ。

 1年間バーニングカイザーをやってきた君なら、原石のありかぐらい知ってるよね」



 あのさぁ……。

 いくらミラーストーンを使いまくってる俺でも、聞いたことないよ。



「さぁ、早く。

 僕をヒーローにさせてよ」


 陽翔が煌に手を差し出す。

 煌は、首を横に振りかけた。


 その時、陽翔の背後に巨大な男のシルエットが映った。

 煌は、足を一歩引いた。



「持ってる……。

 なんか陽翔、このスポットに合ったアルターソウルを持ってるんだ……。

 でも、何と言うんだ……」


 煌がスマホに手を触れようとするが、スマホには映らないので画像検索ができないことをすぐに悟った。

 そこに、煌の脳裏に低い声が語り掛けてきた。

 バーニングカイザーの魂だ。



『奴は、スルトの魂を持つ。

 北欧神話の炎の巨人、スルトだ……』



「えっ……。

 北欧神話……?」


 2年生になってから何度も聞いた言葉だ。

 煌は息を飲み込んだ。

 だが、陽翔の口が先に開く。


「いま、なにしゃべってた?」


「いや……、バーニングカイザーが語りかけてきたんだ。

 陽翔に、炎の巨人スルトの魂があるって」


「それはよかった。

 北欧神話のスルトってことは……、ラグナロクを終わらせた神。

 やっぱり、僕はヒーローになるべき存在なんだ!」



 ラグナロク……。

 聞いたことないけど、なんかのファンタジー用語なのかな……。


 いや、マジモノのヒーローってことは、これ誘わなかったらホントに俺の仲間いなくなるって!



「陽翔。

 せっかくヒーローの魂があるんだったら、俺と一緒に世界を救おうよ」


「は……?」


 速攻で返される言葉に、煌の手が一瞬止まる。

 だが、止め続けるだけの理由が、煌にはなかった。


「一緒に戦おうよ!

 アルターソウルを解放しなかったら、ヒーローになれない!」


 煌は陽翔の右腕を取り、部室の奥に輝いている光のサークルへ連れて行く。

 だが、3歩歩いたところで、陽翔が腕を何度も上下させる。


「どうしたんだよ。

 ヒーローになりたいんだろ」


 煌が陽翔に振り向くと、陽翔が煌に掴まれた右腕を引き、煌をたぐり寄せた。

 そして、左手で突き飛ばした。

 煌は、背中から壁に叩きつけられ、地面に座り込んだ。



「運動神経もない君が、ヒーローをやってるなんて。

 だから、バーニングカイザーは甘いって言われるんだよ」


「はぁ……?」


 手をついて立ち上がる煌。

 目の前で巨人が立っているような威圧感に負けることなく、勢いをつけて立ち上がった。


「何が甘いんだよ」


「倒せてないよね。

 ソルフレア教の八木とか、神崎先生とか。

 バーニングカイザーを紹介するチャンネルで、動画を見たよ」



 去年秋以降、羽海うみがユーチューバーUMIうみとして次々とアップしてきた、バーニングカイザーの秘密公開動画のことだ。

 そこには、何と戦ったかが動画付きで紹介されている。



「倒せるわけないだろ。

 まだ、そこまで学校を滅ぼそうとしてるわけじゃなかったし」


「ロボ部って、ロボットの力でそういう悪を倒す部。

 僕はそう思うけどね」



 言ってることは間違ってないけど、俺とバーニングカイザーを認めていない……。

 でも、俺のソウルスポットに反応してる。

 いったいどういうことなんだよ。


 煌は、諦めようとしない。

 ゆっくりとソウルスポットの前に移動して、陽翔を手招いた。



「そうは言ったって、陽翔は俺のスポットでスルトになれる。

 一緒に戦うことができる。

 俺と一緒に、世界を救おうよ!」


「悪いけど、君と僕、全然違う世界で生きてるみたいだね。

 倒せばヒーロー。

 野望を打ち砕けばヒーロー。

 それができなきゃ、火を使うだけのただのロボ。

 そうじゃない?」



 神崎先生と司祭、そこまで悪いことをしてないのに倒せるかよ……。

 罪なき人間を、死なせたくない……。


 その想いは、煌の口から言葉にならない。

 口の手前で止まる。



「陽翔とは、一番争いたくない……。

 ヒーローどうしでつぶし合って、どうするんだよ」


 煌は、ソウルスポットの前で下を向く。

 首を何度も横に振った。

 ほとんど動いていないのに、息が上がる。



「いずれ、本物のヒーローを決めるためにバーニングカイザーと戦っても、僕はいい。

 負けたら君は、ヒーローではないのだから」


「勝手に言ってろよ……、陽翔。

 甘いとか言われても……、俺は俺の正義で、バーニングカイザーとして戦う。

 ただ、陽翔の中に眠ったスルトの魂は、俺と仲間になることでしか解放できないからな!」



 やべぇ……。

 ここまでキレたの、初めてかも知れない……。



「せっかく、君に会えばヒーローになれると思ったのに。

 じゃあ、今すぐにでも神崎先生に言ってくるよ。

 原石を持ってたって君が言ってたし、ついでに悪さをやめろって言ってくる」


 陽翔が出口に向かい、ドアに手をかける。

 煌が慌てて追いかけた。


「特に巨大生物を出してないのに、そんな直談判するのはよくないって!

 倒したい気持ちは分かるけど、そんなのおかしいから!

 やめようよ!」


「世界が困ってるのに何もしない君が、ヒーローを名乗ってるほうがおかしいよ」


「何もしてないって言うなよ!」



 陽翔がプレハブ小屋から足を一歩踏み出した。

 煌は、そこで追いかけるのをやめ、下を向いた。



『お前にしては、想いを貫けなかったな。

 共に仲間として戦おうという意思を……』


 バーニングカイザーが、煌の心の中で語りかける。


「できるかよ……。

 俺をヒーローじゃないと思ってる奴と一緒に戦うの……。

 ユナイトしたって、すぐ壊れるだけ」


『いいのか……。

 お前の勇気が、そんな揺らぐ炎のような弱さで』


「違うって……。

 てか、バーニングカイザーは敵とユナイトしてもいいと思ってるのかよ……」



 煌が、プレハブ小屋の床を叩きつける。

 バーニングカイザーが低い声で何かを言いかけたが、すぐに止めた。



「ごめん……。

 バーニングカイザーにそんなこと聞いていいわけないよね……。

 俺だって、正義、正義って言われるけど、完璧な人間じゃないし……」


『そうか……。

 お前にも、お前なりの想いがあるからな。それは否定しない。

 ただ、敵を前にして諦めを見せるな。

 その瞬間に、我が魂は勇者でなくなる』


「あぁ」


 アルターソウルの声は、そこで止まった。

 煌は椅子に座って、ぼんやりと外の景色を眺めることしかできなかった。

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