第2話 ぶつかり合った二つの正義①

 今のところきら一人だけのロボ部にとって、初めての仮入部期間がやって来た。

 その初日の放課後、部室のプレハブ小屋に入ろうとした瞬間、すぐ横にあるサッカー部に1年生が次々とやって来るのが、目に飛び込んだ。


「やっべ! 今日から仮入部期間だった」


 煌は、ほとんど備品のない部室に入るなり震えた。


「どうしよう……。何も準備してねぇ!」


 入りたい部が見つからず部活難民になってしまった1年前以上に、部活の二文字に焦る煌。

 窓の外に見える1年生を眺めることしかできない。

 他に部員がいるのなら、相談してアイデアを出し合うこともできるが、2年生や3年生を他の部から引っ張ってくることを、煌ができるはずもなかった。



「あー、どうしよーっ!」



 部室で吠える、学校のヒーロー。

 プレハブ小屋の壁やら天井やらに反射して、言葉が消えていった。


 その時、ドアが開いた。


「ユー!

 なぁに悩んじゃってるぅ~ん?」


 赤い髪を風に揺らしながら、同じ2年1組の隼徒はやとがプレハブ小屋の入口に立っていた。


「隼徒。

 ……って、たしかバスケ部だろ?

 なんでいるんだよ」


「辞めた」


「は……?」



 煌が一瞬固まる。

 隼徒が、指を左右に振った。



「カリスマの勇斗先輩が、留学でいなくなっちゃっただろ?

 あと、俺たちの代のエース・空知そらちだって転校。

 なのに、誰も後追いで退部しないから、俺たちの代に何十人も残ってる。

 考えてみ? 地獄だろ?」


「そんなこと言うなって。

 第二の勇斗先輩を目指して、去年俺たちの代、バスケ部大人気になったんだし」


「まぁ、こんなにいるんじゃ、俺様はバスケ部では下っ端。

 見せ場もないところにいたら、モテ男の俺様もモテなくなるだろ?」



 結局、自分がモテる、モテない基準かよ。


 煌が隼徒に目を細めるものの、隼徒は全く気にすることなく煌に近づく。

 突然、大股で煌の前に詰め寄り、中腰になって目線を合わせた。



「時代は、ロボ。

 ロボ部という、時代の最先端に俺様は立ちたいのさ!」


「そ……、それ、本気で言ってるの?

 隼徒、ヒーローになるの、そんな甘い気持ちじゃできないから」


「俺様だって、有名になーりーたいっ!」


「まぁ……、仲間が増えるに越したことないけどさ。

 ちなみに、入部するなら隼徒が二人目の部員」


 煌の言葉に、隼徒がその場で固まる。

 目を左右にやり、煌と隼徒以外に部室に誰もいないことを悟った。


「カイザー、もしかしていま、仮入部誰も来てないの?」


「宣伝すらしてないよ。

 声も掛けづらいし……」


 すると、隼徒が腕を大きく広げた。

 その手の中に、多くの1年生を抱えるようなしぐさだ。



「もーっと攻めなきゃ!

 なっ!

 やっぱり、声を掛けなきゃ、他に興味を持ったところに取られるって!」



「まぁ、睦には声を掛けたけどね……。

 今のところ、ただ一人この中に入った生徒だし」


「睦?

 カイザー、渋いところいったなー。

 転校生だから声を掛けやすかったんだろ」


「そんな渋い?

 ああ見えて、バーニングカイザーのこと、興味持ってるみたいだよ?」



――バーニングカイザーで戦うのって、大変ですか……?



 煌は、ソウルスポットを部室内に移動してきたあの日、睦が尋ねてきた言葉を思い出した。

 その後、次々と知ることが増えたものの、この言葉だけははっきりと覚えている。


「俺の仲間になるかは分からないけど」


「てか、カイザー。

 あんな奴を仲間にする気だったん?」


「あんな奴って言うなよ!」


 煌が食いつくと、隼徒が首を横に振った。


「さっ、LINE開いて! 開いて!

 クラスのグループ、俺様が睦のこと流したから」


「さっき送ったの?」


 煌の手が、ポケットのスマホに届く。

 LINEを開いた。



「はぁ?

 ちょ……、何てこと流したんだよ、隼徒!」


 グループLINEの一番上に、「牧島睦は、変な生徒だから注意な!」と書かれている。

 煌の目がその言葉を捕らえると、すぐに顔を上げた。


「これ、本人も見てるんじゃないの?」


 念のため、いま開いていたグループ名を確かめる。

 「2年1組2024」と、間違いなく煌たちのクラスのグループだった。


「大丈夫! 大丈夫!

 睦はLINEアカウント、俺様にも教えてくれなかった。

 てか、スマホも携帯も触ってるの見たことないし」


「むしろ、学校に持ってこないっていう真面目な生徒なんじゃない?

 てか、見えてなくても……、これ完全にいじめだよ」


「もしかして……、ユー怒ってる?」


「怒るよ。

 どんないじめでも止めるのが、俺の使命だと思ってるし」



 煌の声がプレハブ小屋の壁に吸い込まれ、消えていった。


「釈明するか……。

 変わった生徒、でも俺様愛してまーす、みたいな展開」


「火消しは、早くやった方がいいから」


 煌に催促されるように、隼徒が急いでLINEにメッセージを打ち込んだ。



~~~~~~~~



「で、仮入部どうするって話?

 なんなら、いま俺様がチラシ作るよ」


 煌が、体育館で余ったと思われるパイプ椅子に座って腕を組む。

 その目の前で、隼徒がバッグに手を伸ばした。


「何か持ってきたの?」


「タブレット。

 持ち歩いてると、絶対何かに使えるんじゃね?」



 隼徒はタブレットを机の上に置くものの、決して煌には見せることなく、アイコンをタップ。

 煌の目に、逆から見たインスタグラムのロゴが映った。


「隼徒、インスタもやってるんだ」


「だいぶ前からやってる。

 インスタはリアじゅうの証ってやつ!

 ほら、俺様の投稿にいいねがいくつも付いてるだろ?」


 隼徒は、煌にインスタグラムの通知欄を見せる。


 てか、隼徒の自己満っぽい展開になってねぇか、これ。



「でさ、隼徒がインスタやってるのは分かったからさ。

 それをどう仮入部に結び付けるの?」


「検索っ!」


 煌の問いかけに答えることもなく、隼徒は検索ボックスに「バーニングカイザー」と音声入力。

 煌が景色が、次々と映し出された。



「これ、隼徒が撮ったやつ?」


「全アカウントからの検索。

 俺様は、まともなの撮ってないし」


「1枚もないの?」


「ガチ。

 だから、この中で俺様の目に留まったベストショットを、チラシに使う」


 隼徒の目は、タブレットのインスタグラムしか見ていない。

 煌は、タブレットの上に顔を近づけた。


「パクリはダメだろ!」


「SNSアイコンなんて、99%がパクリなんじゃない?

 宣伝にもなるし」


「バレたら、ロボ部が言われるんだから。

 俺が、無断転載を認めましたと言ってるようなものだし」



 こうして、仮入部初日のロボ部は、煌と隼徒の作戦会議にもならないような会話で終わった。

 このような雰囲気の部室に、1年生が入るはずもなく。



~~~~~~~~



 仮入部2日目。

 この日も隼徒が部室にやってきた。

 カバンの中から、30枚ほどの紙が出てきた。


「もしかして隼徒、チラシ作ったの?」


「あぁ。

 マリっちょからバーニングカイザーの画像を送ってもらった」


「マリンちゃんかぁ……」


 姉の羽海うみがユーチューバーなので、真凛まりんがそれに影響されて画像や動画を撮っていたのだった。


「これ、すっごくカッコいい!

 ちょうどクラスの方に向いたときだ!」


「だろぉ?

 めっちゃベストショットにしか見えない!

 で、下にプレハブ小屋集合、ロボ好き大集合、ロボで戦いたい人大集合、と書いた」


「間違ってないけど……。

 印刷しちゃったから、そのまま使おうよ」


「じゃあ、まず手始めにここ、いいんじゃない?

 テープも持ってきたし」


 煌の返事も聞かずに、ドアに向かう隼徒。

 ドアに紙を貼ろうとしたとき、ドアが勢いよく開いた。


「あぶねっ!」


 隼徒が慌ててドアから離れる。

 あのまま紙を貼っていたら、隼徒の手がドアに引き込まれかねなかった。

 煌が、ドアのほうに目をやった。


 なんだ、この女子……。


「びっくりさせちゃったー?」


 ピンク色の髪を揺らしながら、突然ロボ部に訪れた女子が中に入った。

 隼徒の目の前を通ったとき、隼徒がその女子を指差す。


「あ、モエピーっ!

 ここで出会えるの、運命じゃね?」


 隼徒が、自分の推しであるかのようにその女子を見ている。

 おそらく転校生ではないにしても、煌にとってはこの1年見たことのない顔だ。

 キョトンとした表情になる煌の前に、近づいてきた。



「私は2年2組、白木しろきもえ

 アニメとコスプレ大好き、いたずらっ子JCです!

 で、君はバーニングカイザーだよね!」


「いや……、神門みかど煌ですけど……」


「じゃあ、神門くんって呼ぶね!

 でも、バーニングカイザーとしか見てないから!

 正義のヒーロー、2年目も頑張ってね!」


 煌の肩を叩き、出口へと向かう。

 だが、3歩歩き出したところで萌が突然振り返り、煌の前に戻ってきた。


「そう! そう! そう!

 ここ、ロボ部でしょ!

 ロボ部だから、ロボ飾っときなよ!」


「モエピー、バーニングカイザーの部だってよく分かってるー!」


 隼徒が、萌のカバンの中身に目をやる。

 それに気づいた萌が、慌ててカバンを隠す。


「女子のカバンの中、見ないで!

 このクレイジー変態イケメン!」



 いやいやいや、どっちのほうがクレイジーかって言うと……。



「で、はい。これ。

 私と神門くんが卒業するまで貸すね!」


 突然、萌がカバンからロボットを取り出す。


「な……、なんだよこれ!」


「『北欧の勇者ビクトリーヴァイキング』の1号ロボ、ビクトリーヴァイキング!

 バーニングカイザーじゃなくてごめーん!」


 赤く塗られた鋼鉄の機体に金色でVの装飾が施された、高さ30cmのロボットが机の上から煌を見上げる。


「モエピー、これ、ブレイバーシリーズの先輩ロボ?」


「そっ!

 バーニングカイザーにとって先輩っ!

 じゃあね~!」



 萌は今度こそ、ロボ部の部室を後にした。

 隼徒は、突然贈られたプレゼントを手に持って、いろいろなポーズに動かしている。

 その横で、煌が何かを思い出していた。



「隼徒。

 『ビクトリーヴァイキング』、この前もクラスでてるが紹介してたよ。電子書籍で。

 なんか、不気味じゃない?」


「萌と輝、たしか友達だったんじゃね?

 二人して、ビクトリーヴァイキングを推しにかかってきてる。

 ユーノー?」


「そう繋がっているならいいんだけど……」



 煌は、校内での不気味な動きを、この時まだ甘く考えていたのだった。

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