第1話 炎の勇者を目の前にして②
翌日、
濃いショートの茶髪を朝日に照らしながら、膝に手を乗せて教室の前のほうをじっと見ている。
「この子かな……。
昨日、俺が間違えて返事した……」
煌は、その女子の席の前で止まる。
目が合った。
「牧島……、睦さん……、だよね。
俺が昨日、間違えて返事しちゃった……」
うなずいた。
これで、睦であることが確定した。
「覚えてます。
たしか学校のヒーロー、キラくん、ですよね」
睦が、座ったまま目線を煌の目に上げる。
煌はすぐさま中腰になり、座ったままの睦と顔の高さを合わせた。
「あぁ。
そこまで覚えてくれてるんだ……。
てか、同じ学年なのに、俺に敬語使わなくていいよ。恥ずかしい」
「職業病みたいな感じです。
すいません」
オイオイ、ちょっと待った。
睦、まだ中学2年生だよな……?
「職業病って……、何の仕事してるんだよ。
まだ俺たち、中学生だろ」
「ママがコンビニで働いてるんです。
だから、ついその口調になって……。
いらっしゃいませ、とか……、30円のお返しになります、とか……」
「へぇ……。
睦の家、コンビニな……」
いや、なんかおかしいぞ。
そうだとしたら、このへんにコンビニがオープンしてなきゃいけないよな。
煌が言葉を止めたところで、睦が首を横に振る。
「そうではありません。
というか……、なんでキラくんがしゃべりかけてくるんだろう……、って思ってます」
「寂しそうだったからね……。
転校生だろ。
2年生だけでも4クラスあるんだし、友達だっていっぱいできるさ!」
睦の目が、少し細くなった。
煌はわずかの間固まった。
「あっ……。ごめん……」
今の、言っちゃいけなかったか……。
だよな……。
転校生ってことは、今までのリア友が、全部ネット上だけの関係になるもんな。
その時、後ろから肩を掴まれた。
手の感触は、前日のこの時間と全く同じだった。
「
せっかく睦と話をしてたのに!」
「こんな、友達のできない真面目クンなカイザーの言う友達理論なんて、聞いてても無駄! 無駄!」
隼徒が、煌を睦の机の前から引き離し、そのポジションを奪った。
「俺様と友達になれば、100人と友達!
なっ、楽しい東領家中ライフしてみな~い」
睦が首を横に振った。
「すいません。
私はただ、学校にいるだけですから……。
友達なんて、いてもいなくても結果は同じです」
「そんなことないって!
気軽に話せる人が増え……」
「隼徒、睦が話したくなさそうだよ。
気持ちを考えたほうがいい」
今度は、煌が隼徒の手を持ち、力いっぱい引っ張った。
二人をじっと見つめる睦に一度振り返り、隼徒は煌に目を細めた。
「俺様の友達になれるチャンスを潰すの、ヒーローとして最低じゃね?
人の気持ちなんて、俺様の言葉一つで簡単に動かせるし」
「違うよ」
煌は、隼徒の腕を引っ張って廊下に出た。
睦が席に座ったままでいるのを確かめて、煌は隼徒の耳元で告げた。
「睦、まだ友達を作ろうって気じゃないと思う。
この学校に慣れるだけでも、数日かかると思う。
それまでは、無理に友達に誘うの、やめた方がいいよ」
「は?
俺様はただ、クラスのLINEグループに入れたいだけ。
あんな声を持つ女子が、2年1組の仲間からハブられるの見たくないよな、な」
「そりゃ、見たくはないけど……」
ちょうどその時、階段をゆっくりと歩く足音が二人の耳に響いた。
ホームルームが始まろうとしていた。
~~~~~~~~
新学年の部活動は、この日の放課後から始まった。
「ロボ部……、どこだっけ……」
1年の修了式の日、校長の
1年からバーニングカイザーで学校や地域の平和を守ってきたことが認められた形にはなるものの、ロボ部という名前以外に特段何も聞かされていなかった。
「あれ……?」
煌は、ソウルスポットの宿る1年のフロアへと歩き出した。
ここから先は基本的に1年生しか通らないからか、階段の壁に部活動一覧表の紙が貼られていた。
「ここに、部室とか書いてあるのかな……」
運動部と文化部に分かれていて、それぞれ五十音順になっているようだ。
煌はまず、文化部の一番下を見る。
部の数が少ないので、一発でロボ部が書かれていないことが分かった。
「ないか……。
この前言われたばっかりだものな……」
煌は念のため、隣の運動部に目をやった。
あった。
「俺のロボ部……、運動部なんだ……。
言われてみれば、アルターソウルに変身して戦うものな……」
煌は、明らかに永山校長が書いたと思われる部の紹介、部員の人数1人と目で追って、最後に活動場所で目を止めた。
「校庭……、プレハブ?」
煌は、1年のフロアまで階段を上り切り、窓から見える校庭を見渡した。
「どこにプレハブを置いたんだよ……」
「
背後から、太い声が煌の耳に響いた。
声のする方に振り向くと、煌よりも一回り背の高い、というか学年の男子でも数名しかいないくらいの背丈の先生が煌を見つめていた。
腕は太く、大工でもやっていたのかというような体格だ。
「失礼します。誰先生でしたっけ……?」
煌は、1年間の学校生活で先生の顔を思い出そうとしたが、出てこない。
おそらく、この春転任してきた先生だろう。
「私は、
技術科の担任として、今年の2年生全クラスを受け持ちます」
「すいません。
時間割に書いてました……。
というか、稲妻ってすごい名前ですね」
「私が中学生だった時、あだ名が普通にサンダーでしたからねぇ……。
黒髪のこの部分だけ、金髪にしているのは縁起です」
稲妻が、前髪の中央に手を当てた。
これだけでも目立つような明るさをしていた。
髪から煌の目線が離れたところで、稲妻が煌の手を引っ張った。
「ちょうどよかったですね。
ロボ部を担う神門くんには、私と一緒にソウルスポットを部室に運んでもらいます。
まずは、切断から始めましょうか」
稲妻の手が、光り輝くサークルに伸びる。
これこそが、煌が1年生の4月から輝かせている、バーニングカイザーの魂が宿る場所だ。
煌は、一歩引いた。
「せ……、せ……、切断……?
まずいですよ。
俺、2年になっても3年になっても、ここに上がってこようと思ってました」
「せっかくロボ部の部室がありますし、私が建築の資格を持ってますので。
プレハブに、これを埋める穴は空けておきましたよ。
そこへの移設です」
1年の時、スポットを破壊されたらどうなるか見てるし。
いや……、でも……。
「ヒーローとして、やらないわけにはいかないです」
「そうでなくちゃね」
稲妻が、ドリルを動かす。
1年生はホームルーム中だからか、なるべく音を立てないよう、そっと床を削っていく。
「俺は何もやらなくていいんですか?」
「切断は私一人で十分です。
この部分を削り取ったら、一緒に持ってください」
そう言いながら、稲妻はなるべく浅めに床を削っていく。
スポットの光が、床の奥の方までは差していないのを確かめ、ドリルで内側を削っていく。
「できました」
わずか数分で、半径50cm、深さ20cmのダイヤモンド状の床が切り離された。
「早いです、先生。
で、俺も一緒に床を持つんですよね」
「そういうことです」
スポットの光は、まだ輝いている。
煌は、稲妻と対角線上に立って、同時に床に手を当てる。
「1……、2……の3っ!」
「重いっ!」
ドリルであっさり切れたのとは裏腹に、スポットを宿した床は重かった。
煌の手が、床の重力で痛む。
後ろを歩いているので、煌のほうが余計に力を入れて持ち上げないといけない。
「大丈夫ですか、神門くん」
「ちょっと重いです。
でも、落としたらバーニングカイザー……と俺が、死ぬ……」
ようやく、2年のフロアまで降りる。
昇降口は、まだかなりの段数を降りないといけない。
「こんなことなら、春休みのうちにロボ部の部員を募集しとくんだった……!」
その時だった。
突然、床が少し軽くなったように煌には思えた。
「えっ……」
煌の目に、濃い茶髪が飛び込んできた。
「睦……。
別に俺、大丈夫だって」
煌は、呼吸が上がりながらも睦に告げた。
だが睦は、表情一つ変えることなく煌に振り向いた。
「バーニングカイザーがここで死んだら、意味ないですから」
「意味ないって……」
煌は何か言葉に引っかかったが、睦がそれ以上何も言わない上、煌自身もしゃべる余裕がなくなっていた。
ただ、1年の時にミラーストーンの原石を落とし、バーニングカイザーの魂の復活に関わった神崎とすれ違ったことだけは、はっきりと見た。
神崎の、鋭い目とともに。
~~~~~~~~
「お疲れ様、神門くん」
校庭の端に置かれたプレハブ小屋にようやくたどり着くと、永山校長が一人待っていた。
それ以外に人の気配はなかった。
「校長先生も、できれば手伝って欲しかったです……」
「私は顧問として、ロボ部誕生を祝わなきゃいけませんから。
校庭で活動する炎の皇帝。
こうていこうていって、縁起いいでしょ」
それだけで、ソウルスポットを移動させられたのかよ。
「よし、ここにきれいに入るはず!」
稲妻と煌、そして睦がプレハブ小屋の空いた穴の上に、スポットを持っていく。
それから、ゆっくりと下ろす。
ほとんど狂いがなく、新しい床にスポットが吸い込まれた。
夕方の部活動の時間になれば、西側に向いた窓から長い時間光が当たるような場所だ。
「これが……、俺……の、新しいスポット!」
「神門くん、いま言い直したでしょ」
「今はもう、バーニングカイザーだけですから」
煌が1年の時は、ウイングワイバーンにソウルアップしたバスケ部2年の勇斗、そしてソニックサラマンダーにソウルアップした陸上部3年の沙羅とともに、1年間戦ってきた。
だが、沙羅はともかく、勇斗もこの春学校を離れてしまい、今やスポットは煌が一人で守っている。
「神門くん。
2年生になったら、また新しい仲間ができると思いますよ。
例えば、その転校生の牧島さん」
永山校長の目が睦に向く。
睦は、うなずく気配がない。
「校長先生。
睦……さんは、まだ学校に慣れてないと思うんです。
俺がヒーローだってことは覚えたみたいですけど」
睦が、ゆっくりとうなずく。
「興味ありそうなら誘いますし、火炎系のアルターソウルを持ってるんだったら仲間にしたいです。
これが、部長の俺にできることです」
「そうですか……。
とりあえず、あと2年間は神門くんが平和を守れるよう、私たちは応援していますよ」
そう言うと、永山と稲妻がプレハブ小屋を出た。
同時に、睦の手が煌の学ランの裾を引っ張った。
「私……」
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