第2話
八郎がひとりで呑んでいると、常連と思われる二人の客が入ってきて、椅子に腰掛ける前に結子に
「いつもの」
「はい」
そのやり取りを聞いて、八郎も
「いつもの」
と、この店で言えるようになりたいと思った。そして、さりげなく二人を見ていると、結子が酒と、おでんのねぎまとじゃがいもを
取り皿に入れて2つ出した。そして二人は、酒を呑みながら、パンチパーマの客が
「結子ちゃん、おばあちゃんはいつ退院?」
「もう大丈夫だと思うので、近々」
「そう」
「この際やから、とことん治すように、結子ちゃんからも言っといて。たぶん、結子ちゃんの意見には素直に従うと思うし」
「はい、おばあちゃんも喜ぶと思います」
「俺、おばあちゃんに相談したことがあって」
「何を」
「親父のことなんや。お袋も俺もなんやけど、親父がボケたんか、とっくの昔に仕事を辞めてるのに、仕事に行くからスーツ出せと急に言い出したり、家に居るのに家に帰ると言ったりして、お袋もしんどいし、俺もそのことで、お袋に朝早くや夜遅くに、実家に呼び出されてしんどかったんで、親父を老人ホームに入れることについて、相談したことあるんや」
一緒に来た男が
「そんなこと、あったんか」
「うん、そうしたら。お母さんがそうした方がいいと言うんなら、その方がいいじゃないの。貴方もお母さんもしんどいでしょうと」
「ふーん」
結子もたつじいも、頷いている。
「それで親父を、老人ホームに入れるの、決めたんや」
「おばあちゃんは、いろいろ相談に乗ってくれてたみたいやもんな」
と、結子の方を見て言うと
「ありがとうございます」
と、結子は深々と頭を下げ
「こうして、皆さんに慕われていると思うと」
横で聞いている八郎も
(いい話しやな。お客さんにこんなに慕われてるひとって、きっといいひとなんやろう、そのおばあちゃんは。どんなひとやろ、会いたくなって来たわ)
と、店の時計が、10時を。八郎は
「お勘定」
「ありがとうございました。またいらして下さい」
「ありがとう。絶対、また来るよ」
と言って、のれんを。
八郎は定年前に、たくさんの苦労を、それこそ凝縮したかのように味あった。恋愛結婚をし、女の子二人を育てあげて、長女が嫁に行ったと思ったら、自分の忘れた頃に行った暴力が原因で、嫁と離婚。そして仕事では、地方の営業に廻されてしまった。今となれば会社は、八郎を辞めさせようとしたのだろう。はっきり言えば左遷である。
立て続けに襲いかかる出来事に、呆然としてしまった八郎だったが、そんな時に偶然出会った『代打居酒屋、結子』である。
八郎は店の名を、勝手に決めてしまっている。
八郎からすれば、嫁と別れ、それにより子供らからも突き放されたところで、自分への相手をしてくれる温もりが欲しかったのだけれども、結子のいるこの店に来れば100%完璧なのだ。八郎は心の中で
(結子ちゃんのおばあちゃん、家でゆっくりしといてね)
と。たまに八郎が、残業をして店に寄ると
「すいません。今日はねぎま、終わっちゃったんです」
「えー」
と言った八郎だが、結子の困った顔が、また好きだ。
指定席に座っている、たつじいが、今日は饒舌で
「女将は、お客さんのいろいろな相談に乗ってあげてたんだよ。悩み事を聞いてあげてたしよ。それを俺はずっと横で聞いて知ってるんだ。だからこの店に来るお客さんは、ねぎまが旨いからだけじゃねえんだ。だから俺を含め、女将が倒れたのを心配している客は、いっぱいいるはずだ」
八郎は結子に
「あなたのおばあちゃんは、みんなに好かれているんだねぇ」
「はい、私もそう思います」
(結子ちゃんの笑顔は、いいなぁ。俺の活力源や)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます