第8話 選考(2)
そこで、
どれもひどい内容だった。
根拠のない決めつけや気分的なもの言いが多い。夜、夕食後に食べるならばアップルパイとミルフィーユのどちらがいいか、なんていう、雑誌一ページの文章を、学術雑誌十ページぶんの学術論文と同じ重みで扱われてはたまったものではない。
この言いかたをすれば現在なら一発でアウトだろう、という差別的な発言も多い。なかには人種差別的なもの言いもあった。
自分だけで受けて楽しんでいるような文章の書きかたも好きになれなかった。
評論家としてはそれで通じるのかも知れない。
しかし、よく読んでみると、前と後ろで言っていることが矛盾している、などという文章もある。昔書いた文章と書いている言っていることが違うという例はもっと多い。
そういう先生に、大学で教えさせていいのだろうか。
それに、かんじんの日本史の知識があやしい。
そこで、美々は、おかしいと思う部分を拾い上げてリストを作って委員会に出した。資料は表形式でA4版で横向きで九ページくらいあった。
経営者側の委員は
「こんな揚げ足取りをするなんてひきょうだよ。彼女はテレビの歴史番組で何度もコメンテーターを務めているんだ! そういう人にこそ、この大学の魅力を発信してもらわないといけないのに、何を細かいことにこだわってるんだ!」
と怒ってわめいた。
でも、そのリストで、まちがいを指摘するだけではなく、その事項が、小学校から高校までのどの教科書に出ているかということまで記載したのが効いた。
小学校レベルで習う事項についてのまちがいだけで、そのリストに載せたぶんだけで十個以上ある。
そのリストを見て、児童福祉学部の委員は某女史支持を撤回した。さらに、日本文学部の
けっきょく、最後まで「知名度が違う、発信力が違う」とわめき続けたのは経営側の委員だけだった。
もともと千菜美を採用したいと思っていた委員長の決断で、千菜美の採用が決まった。
某女史を採用できなかったことで、小山芙久子教授は日本文学部のなかでは立場を失ったらしい。
美々は、その小山教授に、某女史には日本文学部から名誉教授の称号を授与してはどうですか、と提案した。某女史は、学生たちを教えるなんてめんどうなことをしたいのではなくて、明珠女学館大学日本文学部からステイタスを与えてもらうことのほうを望んでおられるのでは、と言ったのだ。その提案はさっそく実行に移され、某女史はその名誉教授号にとても満足したらしい。
そのことがあって以来、小山教授は美々を信頼するようになった。
年月が経ち、いまでは小山教授が日本文学部のナンバー2だ。
日本文学部ナンバー1の長老は、研究するのと自分で短歌を作ること以外に関心がないので、説得して人を動かすという点ではこの先生が一番だ。しかも、小山教授は、学内で日本文学部がどう見られているかをよく理解している。
昨日、美々が、将来構想委員会の議論の流れを変えようと働きかけをやっていた相手もこの小山先生だった。
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