第7話 選考(1)
日本史研究室は、この大学では児童福祉学部に属している。
そこで、選考委員会は、児童福祉学部の教員二人と、他学部からの委員として日本文学部の
候補は十何人かいたけれど、事実上、候補は二人に絞られた。
日本文学部出身で文芸評論家をしている某女史と、日本史研究室生え抜きの
ちなみに、そのころは、「氏」をつけると男性で、女性には「女史」をつけることになっていた。そんな風習は、そのあとすぐ、この学校でも
選考資料を見て驚いたのは、その某女史の専門的研究業績の少なさと、若い大藤千菜美の専門的研究業績の多さだった。
千菜美は美々と同じ歳ですでに専門書を一冊書いている。専門書としてはもの足りないけど、一般向けの日本史の本も書いていた。共同執筆の本とか、論文集に寄稿している論文とかも多い。学術雑誌への寄稿論文も多い。その雑誌の名を調べてみると、日本史の学界で権威があるとされているものがいくつもあった。
学会発表も多い。
「国際学会で英語で発表」ぐらいでは驚かない。それぐらいは美々も何度もやった。
けれど、エジプトの由緒ある大学で開かれた学会でアラビア語で発表なんて書いてあるのには驚いた。
何をやっているんだ、この奴隷は。
主人の許しも得ないで。
主人よりも業績が多いなんて!
美々だって、同じ年代で較べればそんなに業績数が少ないほうではないはずだが、この奴隷にはかなわない。
それに対して、文芸評論家の某女史のほうは、学術的業績は
文芸評論家だけあって出版した本の冊数は二十を超えているし、学術雑誌以外の雑誌への投稿も多い。たぶん百を超えているだろう。
けれども、その内容が、学術的な業績として評価できるかというと、そうではなかった。
したがって、美々の立場からは、元自分の奴隷の大藤千菜美に決めることに異論の余地はないはずだった。
ないはずだったが。
選考委員長の東洋史の教授は中立ということで意見を言わない。美々は大藤千菜美を支持した。
ところが、そのほかの委員はすべて某女史を支持したのだ。
千菜美が属していた児童福祉学部の委員も某女史を支持した。児童福祉学部というのは、日本文学でもなければ、文化コミュニケーション、つまり、外国語学・外国文学系でもない分野を寄せ集めて作った学部なので、内部の連帯感は弱いらしい。
「この知名度の差、それに出版した本の数。これでほとんど決まりだな」
と、経営者が送り込んできた委員は言った。
美々は、憤りというよりもまず危機感を持った。
専門性を考慮に入れることもなく、知名度や、出版した本の数だけで大学の教員を選考していいわけがない。
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