第6話 買いかぶりもはなはだしい

 小岩こいわ千菜美ちなみが「瓜を破る」がもともと「処女を失う」という意味でないことを教えてくれたのは、そのあと、この元奴隷を飲みに誘ったときのことだったと思う。

 そのとき、すでに小岩千菜美は小岩千菜美ではなかった。いまと同じ大藤おおふじ千菜美になっていた。

 小岩千菜美は製薬会社に就職し、歳のあまり違わない直属の上司と結婚した。そのころはまだ「寿ことぶき退社」などということばが現役だった時代で、結婚した女子社員は退社して普通と思われていた。それで大藤千菜美となった千菜美も退社し、その夫の勧めで日本史の勉強を再開して、ここの大学院生になったというのだ。

 大藤千菜美が博士を取る。奴隷が博士で、主人が博士を持っていないというのも様にならないので、美々みみも、中途で投げ出していた博士論文の原稿に手を入れ、データを新しく蒐集しゅうしゅうして論文に仕上げて博士を取った。

 大藤千菜美も、主人の美々から遅れること二年で博士号を取った。

 その大藤千菜美に博士号を授けたのを最後に、児童福祉学部の日本史の教授が明珠めいしゅ女学館じょがっかん大学を定年退職した。

 美々は、当時の文化コミュニケーション学部の学部長から、日本史の教授の後任を決める選考委員会に入るように言われた。

 そのとき、ほかにだれもいないところに連れて行かれて、学部長から直々に言われたことがある。

 「できるだけ性格の強い人を支持してほしい。業績に不満があっても、そのほうがいい」

 その理由も学部長の先生は教えてくれた。

 明珠女学館は日本文学が本流ということになっている。それでただの「文学部」ではなく「日本文学部」が置かれている。

 いまから三十年ほど前の学部改編で、それまでの文学部を日本文学部と文化コミュニケーション学部と児童福祉学部の三学部に分けた。それで日本文学が「本流」であることを強調しようとしたのだが。

 大藤千菜美に博士号を授けた日本史の教授は、日本史の学界では全国的な有名人で、「本流」の日本文学部の先生たちよりも目立っていた。

 日本文学部の先生たちとしてはそれがおもしろくない。同じ日本の昔のことを教えているのに、「本流」よりも「支流」の児童福祉学部の教授が目立つなんてまちがっている、と思っていたらしい。

 そこで、その先生の退職を機に、後任に日本文学部出身の教員を押し込み、あわよくば日本史研究室を日本文学部に取り込んでしまおうとしている。

 その日本文学部出身の候補者に対抗できる人材で、しかも、就任してからも日本文学部の圧力に負けない教員を選んでほしい。

 「できませんよ、そんな大それた仕事は」

 その美々の返事がきっぱりしすぎていたから、だろうか。

 「できるって」

 学部長は決めつけた。

 「いちばん若い委員なのに組織改革委員会の答申書の半分くらいは自分で書いたんでしょ? それに、あれだけのバイタリティーで、短い時間で博士論文を仕上げて来たんじゃない? できるって。小野寺おのでら先生にできないなら、だれにもできないよ」

 おだてられたのか脅されたのか何だか。

 その委員会の答申書の話は、美々が就職して二年めで学内委員を担当したのときのことだ。

 半分を自分で書いたのではなくて、事務局が作ってきた原案の内容が委員会で議論していた内容とあまりに違うので徹底的に朱を入れて直した。いま思えば若気わかげの至りだけど、そのことで名を知られてしまったらしい。

 それに、博士論文を短期間で書けたのは、それまでに書いていて、専門学校に就職して中途で投げ出していた原稿があったからだ。

 したがって買いかぶりもはなはだしい、ということになるのだが。

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