4. 入城






ズビッ



「これ、良かったらどうぞっ」


暫く泣いてスッキリした後、リリちゃんがティッシュらしき物をくれた。

日本のよりざらざらしてるけど、中世ぽかったし上等だ。


「ありがと」


鼻水を思いっきり噛んだ後は、サンドイッチの残りを食べる。

泣いたらかなり落ち着いた。

そりゃ完全に受け入れるとかはまだ難しいけど、取り敢えず異世界転移したことは受け止められそう。


それにしても恥ずかしくてリリちゃんの顔を見れない。

15歳にもなって私より小さな子に慰められるなんて......

あたしもうお嫁にいけない......


「アカリ様っ、私、誰にも言いませんからねっ!それに、多分私の方がお姉ちゃんですから、恥ずかしがらなくていいんですよっ」


見透かされてる......

って、え?私より年上?


「リリちゃんって13歳くらいじゃないの?」


「よく言われます......でもっリリは17歳なんですっ」


もともと垂れている犬耳をさらに垂れさせてしょんぼりした後、フフンと鼻を鳴らしながらそう言った。可愛い。

全然分かんなかった。ほらあの、体型とかでさ?お胸とかさ?ね?


「全然見えなかったよ。私は15歳だから2歳も上なんだね」


さらに胸を張るリリちゃん。

うっ眩い。どっちにしろ可愛いのは間違いないようだ。



コンコン



「アカリ様、旦那様がお見えです」


「あっアカリ様っ、リビングに向かいましょうっ」


やっとアルが帰ってきたようだ。




✳︎ ✳︎




アルは私の赤く腫れた目を見ても、何も聞かなかった。

セーズさんはアルの後ろで微笑んでる。

なんだってこの家の人たちは優しんだろ。

何も聞かない優しさに、またポロリと涙が出そうになるがグッと堪える。

黙っている私を見かねて、アルはゆっくりと口を開いた。


「国王様に報告に行ってきた」


「うん」


「とりあえず、3日後に謁見だ。非公式なものだから、そこまで身構えなくてもいい」


「うん」


「......大丈夫か」


「.......うん」


「そうか、ならいい。一応国王様に聞いたんだが、違う世界に行く方法はこの世界にはないらしい」


だよね。予想はしていたけど、改めて言われるとやっぱり辛い。

けど、いつまでも落ち込んでるわけにもいかないよね。


「アル、ありがと。私、ここで生きてく」


アルは目を少し見開くと、優しげに細め頷いた。


「そうか。あの路地で拾ったのも何かの縁だ。俺が一人前になるまで世話してやる。セーズ、それでいいな?」


「ええ、私としては問題ありませんが、国王様にお伺いを立てなければいけませんね」


「あぁ。とりあえず書面で報告し、3日後の謁見で再度申請しよう。学園に通わせた方がいいのか?」


「かしこまりました。書面は私が整えましょう。学園は......そうですね、アカリ様の意思を尊重なさっては?」


「そうだな。アカリ、お前はこの世界でどう生きたい?」


なんかあっという間に話がまとまっていく。てか学園ってなんの学園?もしかして魔法とかあるのかな。

ていうかここでお世話になってもいいの?


「アル、私ここで暮らしてもいいの?お金とかないよ?」


「金なら腐るほどある。使うべき時に使うのが金だろ。どうしても気になるんなら、出世払いということにしておこう」


「それに学園って......どういう場所なの?」


「後で説明しよう。アカリ、お前が独り立ちするまで世話してやる。

もう一度聞く。お前はこの世界でどう生きたい?」


どう、生きる......

アルはじっと私が口を開くのを待っている。


どう生きるか。そんなこと日本では考えたことなかった。

なんとなく大学まで進学して、仕事して、縁があれば結婚とかしちゃって。

みんなと同じようにそんな人生を歩むと思ってた。けどもう違う。

私はみんなと全く違う道を歩み出そうとしてる。

何も分からない、元いた場所とはあまりにも違いすぎるこの世界で、どう生きたいか。


「そんなの分からない。でも、知りたい。私はなんでここに来たのか、この世界の知識、理、全部。

どう生きるかは、その後に考えたい。それでもいいかな、アル」


アルはゆるりと目を細めると言った。


「あぁ、今はそれでいい」




✳︎ ✳︎ ✳︎




3日後


ついに王様と会う日だ。

それまではこの世界の礼儀作法をセーズさんにみっちり教え込まれた。

笑顔で怒られるのってあんな怖いんだね.......

でもかっこいいからオールオッケー☆


アルは先に行って、王様と色々話すらしい。


私はすっぽんぽんで転移してきたので、向こうの世界の服はない。

パジャマのまま謁見する訳にはいかないので、リリちゃんが服屋さんで既製品のドレスを買ってきて、ちょちょいとサイズを合わせてくれた。

優秀すぎる。


今は髪やらメイクやら諸々の準備が終わって、馬車の中だ。

準備といっても、王様にはこの世界に合わせて変に着飾ったりしない方が良さそうとのことだったので、失礼にならない程度の支度だけだ。

やっぱハリポタ馬車すごいわ。もっと揺れると思ってたけど、あんまり揺れないし。

これって魔法なのかな。

異世界ってことは魔法もあるよね。学校で習うんだと思う。知らんけど。


結局聞けなかったんだよね、学校のこと。

セーズさんはアルから直接聞いた方がいいって言って、教えてくれなかったんだよねぇ。

リリちゃんは通ったことないから、あんまり分からないって。

みんな『学園』としか言わないから正式名称は分かんないし。


当のアルは普段から結構忙しいみたいで、それに加えて私を拾っちゃったもんだから根回しやら何やらで忙しかったらしい。

異世界出身ってことを抜きにしても色々面倒な手続きがあったみたい。

騎士団の業務と当主としての業務があるので、とんでもない忙しさだ。

私は私でセーズさんの鬼畜マナー講座があったからね......

うぅっ、思い出そうとしただけで脳が警報を鳴らしてる......


セーズさんが教えてくれたんだけど、アルは一代限りの騎士爵。アル・ジークハイドっていうのが本名なんだって。

王様が名付けてくれたってさ。

騎士団とか学校では差別をなくすために、名字を名乗ったり聞いたりするのはマナー違反とされてるらしい。

だから今まで名前しか名乗らなかったんだ。

平民からの成り上がり。ふーむ、主人公にするならアルだな。

顔整ってるし。セーズさんには負けるけど。


そんなことを考えていると、馬車が止まり扉が開いた。


「アカリ様、お待ちしておりました。こちらへ」


馬車を覆う布を開けたのは黒い長髪を後ろで束ねた男の子。ぱっつん前髪が印象的だ。

瞳は灰色で、ここからでもまつ毛が長いのがわかる。

まだあどけなさが残る顔だけど、将来はイケメンに育つだろうな。結構結構。

服は、ガチャガチャしたスーツ?って感じ。

護衛の役割も担っているのか、服のラインはシンプルだけど帯剣してるし、所々にポーチがついている。

何入ってるんだろ、こわ。


今回は非公式なので、お城の裏から入城するらしい。裏から見てもどデカい。

ちなみに馬車は怪しまれないように前乗ったやつじゃなくて、貨物馬車みたいな見た目のやつでした。

それでも中は部屋って、ファンタジーかよ。


男の子のエスコートに身を委ねお城に近づくと、真っ白だと思っていた壁は緻密な紋様が所狭しと彫られている。

いやこれ建てんのに何年かかってんの?やばすぎる......

ドン引きしているのが顔に出てたのか、美男子はフフッと笑うと口を開いた。


「この城は、1000年以上前に建てられたオールドファクトなんです。初めて来られた方は、よくそんなお顔をされますよ。あっ申し遅れました。私、国王親衛隊隊員のサイと申します。今後、陛下とのやり取りは私を通じて行われると思いますので、お見知り置きを」


可愛い。結婚したい。意外と表情が動くタイプだ。

ツンツン美男子もいいけど、クールそうなのに表情豊かとかムリ。沼る。

けどセーズさんの時のようなミスを犯す訳にはいかないので、努めて嫋やかたおやかに挨拶する。


「そうなのですね、とても綺麗でつい顔に出てしまいました。改めて、木下燈と申します。これからお願いしますね」


まぁ末永くはこちらの希望だが、結構いい感じでは?

と内心ドヤ顔してると、リリちゃんが小声で囁いてきた。


「アカリ様っ、顔がゲスいですっ」


えっ、うっそぉん。






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