3. 現実






「私、異世界から来たっぽい」


私の言葉を聞くと、アルは眉間に皺を寄せてフーッと細い息をついた。

なんか気苦労多そうなのに、さらに背負わせちゃってごめん。


「念の為だが、嘘はついてないよな?」


「ここで嘘ついてどうすんのよ。ただでさえ頭おかしいと思われかねないのにさ」


「まぁ俺のよく分からない単語が出てきてたから、うっすらそうだとは思ってたんだが......実際そう聞くと頭が痛い」


「なんかごめん。正直に言うか迷ったんだけど、やっぱボロ出そうだからさー」


多分この世界には帰還方法が無い気がする。てかそれがセオリーじゃん?

神様とか会わなかったけど。

てことは、この世界で一生暮らすことになるし、アルとも長い付き合いになる可能性が高い。

JKとかの地球独特な単語も既に使っちゃってるわけで。1時間も満たずにこれなら、隠し通すのは難しいだろうと思ってさ。


「いや、いいんだ。この世界にはそういう奴が稀に紛れ込むからな」


アル曰く、その頻度は300年に一度あるかどうかの頻度らしい。

大体そういう時はでかい戦争とか天災とか、まぁ歴史的な規模の何かしらが起こるらしい。

で、ほとんどの場合その『稀人まれびと』が大活躍するんだと。

わーお、私ってば300年に一度のI☆TSU☆ZA☆I☆ってこと?

ちょっとソワソワしてるとアルは釘を刺すように


「だからって無条件で歓迎されるとは限らない」


とか言ってきた。ぶー。


今の王様はいい統治をしていて、頭もいい感じらしい。

15歳じゃよく分からんけど。

なので、もし王様に言ったとしても即刻処刑ということにはならなそう。

え、王様までいくの?もしかして結構大ごと?


けど稀人が顕れるあらわれるたびに厄災やらなんやらが起こるもんだから、不吉な象徴として見てる人もいるみたい。まぁ納得は出来る。

そういうわけで、大体の稀人は正体をごく一部の人と、王様にのみ明かして亡くなるそうだ。

王様にはやっぱ言わなきゃダメなんだね.......


それでも稀人の認知度が高いのは、伝記とか言い伝えとかで周りの人が紡いできたからなんだって。

英雄談的な感じで親しまれるように編集されたりしてるから、好意的な人が多いそう。

でもやっぱり身の安全を考えるなら言わないのが吉だし、本当に信頼できる人に言うべきらしい。


なるほどねぇ。結局、人には人の乳酸菌ってことね。


「じゃあ私、どうなるの?」


「そうだな......俺は職務上、国王様に報告する義務が生じる。だから今日中には報告することなると思う。

そうなると、アカリも一緒に謁見する流れになるな。あとは話の流れ次第だ」


「あ、王様とは絶対会うのね......」


「あぁ、だが割と気さくな方だ。大丈夫だとは思うが、お前が国にとって仇とならないか見極めるための謁見だからな。あんまり馬鹿すぎても追放処分になりかねんから、ボロは出すなよ」


「いやアホの前提で話すな」


こいつ、ちょくちょく馬鹿にしてくる。割と冗談好きなんかな。

その後も口裏を合わせるために色々話している内に、馬車が止まった。

到着したのかな?


馬車の窓から覗くと、ちょうど大きな門が開くところだ。

窓を開けて身を乗り出すと、その先には屋根まで真っ白な豪邸があった。

真っ白と言っても、所々木で模様が彫られている。白だから木の色が映えてとても綺麗だ。

そうそう、こういう模様は複雑なほど良いらしい。そういうもんなのか。

家のてっぺん辺りに馬車でも見た紋様がある。

門の中にも道が続いていて、左右対称の植物たちが美しい。めっちゃお金かかってそー。

こんなの地球でも見なかった。


「ほんとにお金持ちなんだね」


「疑ってたのかよ」


「いや疑っていたっていうか、お金持ちの規模が結構違ったっていうか......」


アルは相変わらず表情が動かないが、少し楽しそうだ。

そのまま少し馬車に揺られていると、扉が開いた。

いよいよ豪邸に到着だ。


「旦那様、おかえりなさいませ」


すっご。執事や。モノホンや。

みんなが一度は憧れたシリーズ再来です。

細縁のメガネに綺麗に整えられたグレーの髪とケモミミ、燕尾服に手袋のいかにもな人が出てきた。


「おや、そちらは?」


「あぁ、こいつは拾ってきた。アカリだ」


ほれ、という感じで肩を小突かれて慌ててお辞儀をする。


「あっ初めまして!木下燈です。路地で倒れてたところを拾われました。いきなりですが、結婚してください少しの間ですが、お世話になります!」


「おい、逆になってるぞ」


「おっと」


イケメンすぎて本音と建前が逆になっていたようだ。イケメン、恐るべし。


「これはこれは、丁寧にありがとうございます。私わたくし、アル様の執事長を務めるセーズと申します。以後お見知りおきを。旦那様、後ほど詳しく伺いますからね」


やっぱ執事だ。凄いーーー!かっこいい。

セーズさんは胸に手を当て、緩やかにお辞儀をするとにっこり微笑んでくれた。

緑色の目が涼やかで優しい。軽率に結婚してくれ。

その後旦那様を軽く睨みつけると、エスコートまでしてくれた。好き。


「グッフゥ......これが恋の病......」


「セーズがイケメンすぎてそうなる奴は多いが、こいつ性格悪いからな」


「それが逆にそそられる......」


アルは呆れたようにため息をつくと、さっさと屋敷の中へ進んでいく。

無視しやがったこいつ。ふん。


セーズさんのエスコートに身を任せ、屋敷に入る。

すると可愛らしいメイドがちまっと立っていた。


「ようこそいらっしゃいましたっ!私アカリ様のお世話を担当いたしますっ、リリと申しますっ!よろしくお願いいたしますっ!」


めっちゃ元気だ。あと可愛い。結婚しよう。

身長はヒールを履いていても私より小さい。この子もケモミミがついている。

ふわふわのピンク髪とそばかすがよく似合う可愛らしい子だ。

さっき会ったばっかりなのに、もう手配してくれてるセーズさんの執事力すごすぎ。

ハイル使ったのかな。便利だ。


「アカリ様、彼女は幼く見えますが、非常に優秀なメイドです。何なりと申し付けください」


「セーズさん、ありがとうございます。リリちゃん、よろしくお願いします」


ペコリとお辞儀を返すと、リリちゃんは慌てたように手をわたわたさせる。


「いえっ、そんなっ敬語だなんてっ!気楽に話してくださいっ!リリもその方が嬉しいですっ!」


「可愛い。結婚しようね」


「えっ!?」


リリちゃんは弄りがいあるなぁ。




✳︎ ✳︎




「ふぃー、いい湯だったぁ。今日すっぽんぽんで道端に倒れてたから、助かったよ。ありがとねリリちゃん」


「いえっ、メイドとして当然のことですのでっ」


誇らしげに胸を張るリリちゃんを横目にベッドでゴロゴロする。


あの後、リリちゃんに部屋まで案内してもらい、一緒にお風呂に入った。

もちろんリリちゃんは薄着のままだけどね。シャワーって工程多くてめんどくさいから、マジでありがたい。

これで風呂キャン界隈にならなくて済みそう。

そして今は用意してもらった服を着て、アルを待っている。

アルはあの後すぐ国王様に報告しに行ったそうだ。


何から何まで至れり尽くせりだ。

最初に出会わなかったのがアルじゃなくて、もっと悪い人だったら?

考えるだけでゾッとする。王様の統治が良いとはいえ、犯罪は無くならないからね。


「アカリ様っ、お腹は空いていませんか?軽食をご用意しましたので、もし良ければ召し上がってくださいっ」


そういえば、今日起きてから何も食べてない。

いつもなら家でとっくに朝ごはんを食べ終わってる頃だ。


「ありがと、リリちゃん。ちょうどお腹空いてたんだったよ」


リリちゃんはヘヘッと照れ臭そうに笑うと、ドアの向こうからワゴンを押してきた。

そういえばこの家、中もすっごい豪邸でした。木を基調とした家らしく、ほのかに薫る木の匂いが懐かしい。

改めて見回すと、とにかく広い。今の部屋は客間だそうだが、寝室とリビングで分かれてるし大きなお風呂もついてる。この部屋だけで生活が完結しそうだ。調度品もゴテゴテなものはなく、芸術品って感じだ。

JKの語彙力じゃ説明は難しいけど。


さっきまで寝室でゴロゴロしててリビングに行こうとしたんだけど、リリちゃんが


「ベッドの上で召し上がりますかっ?」


って聞いてくれたから、お言葉に甘えて今日はデブ活だ!

リリちゃんがテキパキと準備している様子をぼーっと眺める。


私、異世界に来ちゃったんだな......

起きてからここに来るまでが慌ただしすぎて、ふわふわした感じだったけど急に現実味を帯びてきた。

この世界で一生暮らすんだ。でもアルに一生おんぶに抱っこという訳にもいかないし......


「アカリ様っお食事の用意ができましたっ!」


リリちゃんの元気な声で、現実に引き戻される。

ベッドに乗せられたミニテーブルには美味しそうなサンドイッチ、あったかそうな紅茶と水が乗せられていた。

そういえば今日水も飲んでない。喉カラカラだ。


いただきますと手を合わせて食べ始めると、リリちゃんが不思議そうな顔で私を見ていた。

多分いただきますって言わないんだろうな。顔には出ちゃってるけど、何も聞いてこない。優秀なメイドさんだ。


1口サイズにカットされたサンドイッチを口に頬張る。

普通だ。トマトとキャベツとハムみたいな肉。

見た目は地球のものとほぼ一緒なのに、味は少し違う。これはこれで美味しいんだけどね。

こっちに来てまだ1日も経ってないのに、コンビニのサンドイッチが今は無性に懐かしく感じる。


無心で咀嚼していると、ぬるりと逃げたかった事実が迫ってくる。


地球に戻れるかも分からない、魔物の蔓延るこの世界で生き抜かないといけない。

家族も友達も、私の大事な人にはもう、会えない。

ここは地球じゃない。星の名前すら分からない。何もかもが違う世界。

それでも喉は乾くし、お腹は空くし、お風呂だって入りたい。

冗談だって言うし、ムカついたりもする。

――私、この世界で生きてるんだ。


そう思うと、今まで他人事のように思っていたこの出来事を受け止められなくて、ボロボロと涙が出る。

リリちゃんがビックリした顔ながらも、ナプキンで顔を拭ってくれる。


「アカリ様、失礼をお許しください」


そのまま暫く泣いていると、リリちゃんはそう言って私の横に座り、ギュッと抱き締めてきた。

私の頭を小さな手でゆっくり撫でながら、


「大丈夫ですよ、リリがいますからね」


とずっと繰り返してくれる。

その優しさが今は辛くて、でも萎びた心に温かく広がっていく。


私は耐えきれず、子どものようにワンワンと声をあげて泣いたのだった。



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