第18話 王女命令によるお茶会
とうとうリリアナ様と私の悪趣味が露呈されてしまった。
それだけならまだしも、いやそれだけでも穴があったら入りたいといった感じではあるけれど、その事でオーランドは怒り、ルイス様がそんなに怒るなと私を味方し、アミラ様と侍女が「覗き見」を連呼し、ダニエル様が空気に成り果てるという、とんでもない状況になってしまった。
そこでリリアナ様が事態を収拾するために王女命令という究極の奥義を発動。現在急遽、王城内にあるプライベートなサロンにて、関係者が揃ってテーブルを囲んでいるという状況だ。
「確かに私はダニエル様を一目見ようと、生け垣の隙間から覗いておりましたわ」
リリアナ様が堂々と発言する。
こういった豪華絢爛な王城のサロンでリリアナ様の口から「覗く」という言葉が紡ぎ出されると、まるでその言葉が「祈り」と同じくらい神聖なものである気がしてしまうのは、私だけだろうか。
「私は別に、殿下から覗かれても構いません」
ダニエル様はきっぱりと告げる。
「まぁ、ダニエル様は私の罪を許して下さると言うのですか?」
「勿論です。愛する方に覗かれ、それを嫌がる者などいましょうか?」
「ダニエル様……」
「殿下……」
リリアナ様とダニエル様は熱い眼差しをお互い向け合う。
どうやら完全に二人の世界に入って入ってしまったようだ。
「エマ嬢にひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
このままでは拉致があかないと思ったのか、ルイス様が私にたずねる。
「はい。構いませんわ」
覗き見が露呈してしまった以上、もう恐れるものはない。私は覚悟を決め、ルイス様からの詰問に耐えて見せると背筋を伸ばす。
「私は先日の舞踏会の後、あなた宛に何通かお手紙をお送りいたしました。それから足の怪我の見舞いの手紙に花を添えた物もお送りしたのですが、届いてらっしゃいますか?」
「いいえ、届いておりません」
私はきっぱり真実を告げると同時に、ルイス様は花をしっかり贈ってくれていたと知り驚く。
「おかしいですねぇ。では私があなたにお送りした手紙と花は、一体どこに消えてしまったのでしょうか」
ルイス様が腕を組み考え込む。
「通常は速やかに配達されるはずなのですが、何かの手違いがあったのかもしれません。折角お送りして頂いたのに、申し訳ございません」
私はルイス様に軽く頭を下げた。
正直私のせいではないと思う気持ちもある。けれど紛失疑惑が浮上している手紙は、ルイス様が私宛に書いて下さった手紙だ。目を通す事は出来なくとも、その気持はとても嬉しい。
「それは確かに不可解ですわね。もしかしたら郵便配達の際に何かしらのトラブルがあったのかもしれませんわ」
二人の世界から復活したらしいリリアナ様が穏やかな口調でコメントする。
「他の手紙はきちんと届いているのだろうか?」
ダニエル様に問われ、私はすぐに記憶を辿る。確か舞踏会の後、先月購入した日傘の請求書、それからベネディクト兄様から速達で、子どもが生まれたという報告の手紙がしっかり届いていた事を思い返す。
「はい。手紙はきちんと届いておりました」
「ルイス様のだけ届かないなんて、盗まれたんじゃないのかしら?」
アミラ様が力強く断言する。
「まさか、あなたが?」
リリアナ様が口元に手をあて目を見開く。
「いいえ違うわ。流石に私はそんな事はしないわ。他人に宛てた手紙を読んで楽しいわけがないもの。自分がいいなと思う人なら尚更よ」
アミラ様は気付いていないようだ。今さらっとルイス様に告白したことを。
「まぁ、アミラ様ったら、新しい恋に目覚めたのね?」
リリアナ様が食い付いた。
「え、何の話かしら?」
アミラ様が首を傾げると、側に控えていた彼女の侍女がコソコソと彼女に耳打ちした。するとみる間にアミラ様の顔が真っ赤に染まる。
上から目線で申し訳ないけれど、正直アミラ様のこういうところは密かに可愛いと私は思う。
「いいえ、今のは深い意味ではないの。ほんとよ」
消え入りそうな声で弁解するも、その挙動こそが正直すぎて墓穴を掘っているといった状況だ。
「しかし、ルイス殿がエマ嬢に宛てた手紙が紛失しているという話が本当であれば、誰かに抜き取られている可能性が高い。だとするとエマ嬢に恋慕している者の犯行だろうか?」
ダニエル様がまるで探偵かのように顎に拳をあて、自らの考えを披露した。
また私がモテる話なの?やだな困っちゃうと一瞬呑気に思ったが、正直私を密かに思う人なんてオーランドくらいしか思いつかない。それにダニエル様の考えには、大きなミスが一つある。
「私の部屋がある独身寮は、女子専用なので侍女仲間か、家族しか‥‥入れ、ません」
私は思わず隣に座るオーランドを見つめる。するとオーランドはわざとらしく肩をすくめた。その瞬間、「犯人はこの人です!!」と私は主張しかけた。しかしそれをこの場で宣言した場合、皆が「その目的は?」という疑問に行き着く事は目に見えていたので黙っておいた。
「ルイス殿、それからアミラ嬢。いい機会なのでお二人に申し上げておきます。私はエマのこ」
突然スイッチが入ったかのようにオーランドが口を開く。
「ル、ルイス様、紅茶をお飲みになったらどうですか。冷めてしまいますわ」
私は慌ててオーランドの言葉を遮る。
「エマったら、めったにお話なさらないオーランド様の話を遮るだなんて失礼よ?」
リリアナ様がさり気なくオーランドの無口さを指摘しつつ、私に注意を促す。しかし、いくら主であるリリアナ様とは言え、そのお願いだけは素直に耳を貸すことはできない。
「そうだな、エマ。出来れば口を挟まないで欲しい」
オーランドは微笑むけれど目が笑っていない。これは相当お怒りのようだ。
「折角の機会だ。腹を割って話をしよう」
ルイス様がオーランドの味方についてしまう。これはピンチだ。
「ええ、その通りですわ。正直、私も面倒なことはうんざりですの。オーランド様は何をしたって私との関係を前向きに考えるおつもりなどないのでしょう?」
アミラ様は堪忍袋の尾が切れたといった感じで、オーランドを問い詰める。
「申し訳ございません。私にはかねてより心に決めた人がおりますので」
オーランドがはっきりと告げてしまった。しかも私をしっかりと凝視して。
私は一人、これはダメだ。どう考えても最悪だと頭を抱える。
「なるほど、やはり君たちはそういう関係だったのですか」
ルイス様は全てを悟ったような表情で頷いた。
「そういう関係、とはどういうことかしら?」
リリアナ様が目をキラキラと輝かせながらルイス様に尋ねる。
ここにいる全員がリリアナ様のように純粋であったらと願わずにはいられない。
「それはもちろん彼女以外の」
オーランドがまたもや余計な事を口にしそうな雰囲気だ。
これ以上火に油を注ぐなと、私は被せるように言葉を発した。
「あ、あの、ルイス様。もうそれ以上は……ぐぬぬ」
隣から伸びてきたオーランドの手で口を塞がれてしまう。
「私はエマ以外の女性との結婚は考えられないと、そう申し上げました」
オーランドは私を姉ではないと宣言した。と同時に私の口から手を離す。
今の言葉は決定的すぎる。これではもう言い逃れはできない。いっそ窓から身を投げたい気分だ。
「まぁ、あなたたちはそういう関係だったのね。おかしいと思ったの。いつもエマは私に覗き見するなと言うのに、自分はしっかりオーランド様を凝視しているんだもの」
リリアナ様は満足した様子でうんうんと頷く。どうやらリリアナ様にも私の覗き見は知られていたらしい。私はもう灰になったも同然の状態のため、ふっと笑みを漏らすことしか出来ない。
確かに私はオーランドを覗き見していた。けれどあれは避けられていたから仕方なくだ。それに生存確認のようなもので、私は可愛い弟が元気がどうか心配していただけ。それだけだ。
「なるほど。オーランドが女性に見向きもしなかったのは、そういう事だったのか。俺はてっきり……コホン、まぁ、なかなか言いづらいよな」
ダニエル様も何やら色々と納得したようだ。
「禁断の恋、でもないのか。元々あなた達は他人なんだし」
アミラ様が容赦なく私が一番気にしている部分を切り捨てる。
その瞬間、私は十六年前に母を亡くし、代わりに得た可愛い弟をたった今、失った事を自覚した。
私がずっと大事に思ってきた存在が、オーランドのせいで台無しになってしまった瞬間だ。
それはもう悲しくて、悲しくて、やるせなくて、涙が止まりそうもない。
「まぁ、エマったら、嬉し泣きなのかしら?」
リリアナ様が見当違いな事を口にする、けれど私はそれを訂正する気力もない。
ハンカチを目元にあて、何とか落ちてくる涙を吸い取り続けるので精一杯だ。
「そういうことであれば、今回の縁談は断るしかないな」
ルイス様は納得したという風に頷いた。
物分りが良すぎやしないか?と思うも、そもそも私とルイス様に愛情のようなものは生まれていない。お互い政略的に結びつこうかという段階だ。だからこの反応は至極正しいもの。
むしろ本格的な関係になる前に、あっさり引いてくれて良かったのかもと、安堵する気持ちが私の中に芽生えた。
「ルイス殿、本当に申し訳ございません」
オーランドが深々と頭を下げる。
「いえ、愛する者同士を引き裂くほど私は鬼畜ではないので」
ルイス様はオーランドに微笑む。
「オーランド様、エマは私の大事な従姉妹でもあり友人でもあり、侍女でもあります。彼女を悲しませるような事をしたら即座に王女命令を発動しますからね?」
勘違い王女リリアナ様がオーランドを挑発する。
「そのような事にはなりませんのでご安心を」
オーランドは涼しい顔で了承する。
そして私を見据えると口を開く。
「エマ、どうか私の妻になってはもらえないだろうか?」
周囲を味方につけたオーランドは、当たり前のように私に求婚した。
ああ、ついに来てしまったのかと私は思う。けれど流石に無言を貫き通す事は許されそうもない。ならば自分の気持ちを伝えるだけだ。
「いやです」
部屋の空気が一気に凍った気がする。けれど私は譲らないと、オーランドのプロポーズの言葉に首を縦に振ることはなかったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます