第14話 グラント伯爵家へ2

 領地にある実家に帰宅して二日目。私は早速母の部屋に呼び出されていた。


 タウンハウスに比べ、広々とした部屋の中は全体的に落ち着いた雰囲気。ふかふかの絨毯と立派な家具たちが並んでいる。


 机の上には書類や文房具が整然と配置されており、一切の乱れがない。本棚には綺麗に整頓された書物がジャンル別に収められており、どの本も一目で見つけられるようになっている。花の模様が透かしで入るモスグリーンの壁には、家族や風景などを描いた絵画が飾られ、それぞれがこれまた美しく配置されていた。


 部屋全体が几帳面な母の性格を反映しており、清潔かつきちんとした印象を私に与える。


 昨日は久々の家族団欒を楽しみ、夜中まで笑いが絶えなかった。しかし、今は母と二人きり。昨日の賑やかさが嘘のよう。


 なんなら今この状況も夢であって欲しいと内心願ってみたり。


「それでどうして返信しなかったの?」


「足を怪我して」


 私はこれ見よがしに包帯が撒かれた足をアピールする。


 実のところ捻挫だったはずの私の右足は、どうやら軽くヒビが入ってしまったようだ。痛みはあるものの全く動けないという訳ではなかったので、色々無理をしたのがいけなかったらしい。そのせいで松葉杖をつく羽目になり、不便極まりないという状況。


 今回オーランドと共に帰省したのも、そのせいだ。足がこんな状態でなければ、私は迷わず一人で帰省する事を選んだに違いない。


「王都に行ってから、お転婆じゃなくなったと思っていたのに。足の方は平気なの?いつ治るのかしら?」


 矢継ぎ早に質問される。


「走る事は無理だけど、段々この生活にも慣れてきたから大丈夫よ。後一週間もすれば、固定具を外してもいいだろうと先生は仰ってたわ」


「そう、それなら良かった。だだ花盛りの今、行動範囲が狭まるのは残念ね」


 花盛り。その言葉に含まれた意味は文字通り春爛漫の景色を活動的に楽しめないこと。それから社交が盛んになる時期に、欠席、もしくは壁の花となる事を母は心配してくれているのだろう。


 有難い気持ちはあるけれど、アミラ様の本音を耳にした今、社交については内心ホッとしていなくもない。私が欠席続きの夜会で彼女がルイス様と仲良くなったとしても、それは自然の流れなので構わない。もちろん母には悪いと思うけれど。


「それで、足を怪我して私への返信が遅れたという事なのね?」


「えぇ、リリアナ様が尻もちをついて、足を挫いてしまったの。それでルイス様が偶然仮面舞踏会で踊ったから、無理をしたらオーランドが見てくれて悪化しちゃって」


 私は言い訳を慌てたあまり、支離滅裂な事になる。


「落ち着きなさいエマ。あなたが怪我をしたのは、リリアナ様を庇ったから。確かにそれは仕方がない部分はあるけれど」


 それにしたってと、母は私を責めたいような雰囲気を醸し出すも、何とか堪えてくれた。


 やはり王女であるリリアナ様の効果は絶大だ。


「そしてルイス様と舞踏会でダンスを踊りたかったから、無理をしたら足を挫いた所が腫れたのね?それでオーランドが冷やしてくれたけれど、悪化した。そういうことね?」


 流石母だ。私のあの説明で良くそこまで理解したなと感心する。


「ルイス様はいいとして。あの子はまだあなにべったりなのかしら」


 早速探りを入れられる。こうなるとわかっていたらオーランドの事は省けば良かった。けれど何でもお見通しといった感じの母には、昔から言わなくていい事まで律儀に告白していた過去を思い出し、素直に白状したのは間違いではないと自分を納得させた。


 後で知られたら倍叱られるかも知れないし、やましい事があるから言わなかったと勘繰られるのは、もっとまずい。


 とは言え、オーランドと「べったり」しているかどうかという問いだけは別。彼が拗らせた結果、相当私に依存しているという事実は、口が裂けても言いたくない。よって、今回ばかりは心を鬼にして嘘をつく事にした……というか最近嘘ばかりついているような気がする。


 全部オーランドのせいだ。そこだけは譲れない。


「べったりなんて、全然そんな事ないわ。普段は会わないし、たまたまアミラ様がオーランドをお気に召して、それで最近は少し顔を会わせる機会が増えただけよ」


 私は肩をすくめてみせた。


「そうだわ。その件であの子にも言わなくちゃいけない事があったんだわ」


 思い出したようにポンと手を打つ母。


「どうやらオーランドはアミラ様を避けているようなの。エマは本人から何か聞いてるかしら?」


 同じ事をアミラ様本人に聞かれた気がする。まさにデジャブだ。


「成人した弟とは、もはや他人のようなもの。だから私は何も聞いてないわ」


「まぁ誰かの受け売りね。でも他所はそうでも、うちはちがうわ。みんな仲良しだと思わない?」


「……はい、仲良しです」


 厳しめな視線と共に母に諭され、撃沈だ。


「でもきっとあの子も貴族同士の結婚事情については理解しているだろうし、理由もなくアミラ様を避けるような事はしないだろうから。全く困ったわ」


 母はふぅと深いため息を一つ吐く。


「母様はこの後、オーランドと個人面談するの?」


「ええ、そのつもりよ」


 母は頷き言葉を続ける。


「私には子供が五人。そのうち二人しかお相手が決まってないのよ?子どもに良い縁談を組む事。それは母として大きな責任の一つですからね。だから避けては通れないし、今回だってオーランドを逃がさないつもりよ」


 自信たっぷり、ニコリと微笑む母。


 となると、オーランドはこの後母に呼ばれて一体何と答えるのだろう。お願いだから私の事を好きだなんて伝えないで欲しいと心底願う。けれど昨日はサラリとみんなの前で爆弾発言をしていたし、ないとは言い切れない所が怖い。


 母に捕まる前に、何とかオーランドを確保し、絶対に言うなと念を押さねばと、私は固く誓う。


「それで、ルイス様とのお話は、このまま勧めていいのかしら?」 


 ついに来たと、私は諦めの境地で口を開く。


「はい。私には勿体ないと思ってしまうくらい、とても感じの良い方だったの。ただ、アミラ様もどちらかと言うと、ルイス様が良いと希望されているみたいだったけど……」


 私はやんわりと現状を伝える。


「そうでしょうね。オーランドは四男だもの。一番相手を探すのが大変だと覚悟していたのよ。でもリリアナ様がダニエル様と婚約されたから、オーランドにようやく日の目が当たるようになって。本当に良かったと思っていたのだけど」


 私がもたらした残酷な事実を受け、母はわかりやすく肩を落とした。


 そんな母を目の当たりにし、明かされた母の思いを聞き、私は胸が痛む。


 当の本人は絶賛拗らせ中。そしてその内容を母が知った場合、今以上落ち込む事は確実だ。もしかしたら、あまりのショックに寝込んでしまうかもしれない。やはりオーランドに絶対言わないよう、この後念を押しておくこと。それが私に課せられた最重要事項のようだ。


「オーランドには色々と頑張ってもらうしかないわね。それでルイス様とはどんな感じなの?」


「お手紙を交換するお約束をしたわ」


「まぁ素敵。とても紳士的な方なのね。お花は贈られたのかしら?」


「そう言えば、もらってないかも」


 私は記憶を確かめるも、そんな事実はないと気付く。むしろ手紙の一枚すらも届いていないような。


「まぁ、そこは減点ね。とは言え侯爵家だし、嫡男だし。ダニエル様は見目が良いけれど、それを抜かせばルイス様が一番将来性ある若者には違いないもの。お花を贈られなかった程度で落ち込んじゃだめよ」


 母は私の手をしっかりと握りしめてくれた。


 別に手紙もお花もどちらも貰っていないという事実は、悲しいかな、今の今まで思いつきもしなかった。けれど言われてみれば、確かにお見舞いのお花くらいは送ってくれてもいいような気がしてきた。


 現にオーランドはクレマチスの鉢植えを私にくれたし。

 ちなみに、なぜ鉢植え?と思って彼にたずねたところ。


『鉢植えには根付くという意味があるらしい。怪我をしているうちは、仕方なくでもエマは俺を頼りにしてくれるだろう?だから鉢植えにしたんだ』


 オーランドから笑顔で告げられ、私が氷のように全身を固めた記憶はまだ日が浅いもの。


 さらにクレマチスの花言葉には「策略」という意味も含まれていると後に気付き、私は時間を置いてもう一度、オーランドに恐怖を覚える羽目になった。


 しかしながら、花がベルの形になっていてとても可愛らしいクレマチスには罪がない。よって私の窓際には、現在進行形でクレマチスの鉢植えが飾られており、質素な部屋に鮮やかな彩りを添えてくれているのである。


「変な意味の花を贈られるより、何も贈らない方がある意味、誠意があるとも言えなくはないわ」


「え?」


 まるで私の頭の中を読んだかのような母の発言に私は焦る。


「それに、アミラ様に気後れする事はないのよ。ルイス様が選んだのはあなたなのだから」


 どうやら母は私の沈黙を、ルイス様に花を贈られなかった事によるショック。それからアミラ様に気を使っている為だと勘違いしたようだ。


 私はオーランドの件ではなくて良かったと思い、話を合わせる事にする。


「わかってるわ、母様」


 ルイス様は私の背後にある条件……カミルス殿下の孤児である事とグラント伯爵家の名声をアミラ様の持つ物と天秤にかけた結果、私を選んだ。


 そんな事は理解しているつもりだ。


「それに、ルイス様はいい人だもの。私は頑張る」


 自分に言い聞かせるように、母に伝える。


「そうね。あなたのお相手探しが上手くいくように、私達家族全員で応援しているのよ」


 母は私を慰める様に、微笑みながら告げたのであった。

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