第13話 グラント伯爵家へ1

 グラント伯爵家は代々蒼空そうくう騎士団で重要ポジションを任されてきた家系だ。その上、かつての陛下から拝領した広大な領地の管理も任されている。


 よって、家族は各々業務にしやすい地域に分散して居を構えているという状況だ。


 当主である父アルバートは現在蒼空騎士団で団長を勤めており、王都のタウンハウスで母ソフィアと仲睦まじく暮らしている。


 すでに妻と子を持つ嫡男のベンジャミン兄様は、父から領地を任されカントリーハウスに家族で住んでいる。


 そんなベンジャミン兄様の右腕となるのは、双子の片割れで三男のコンラッド兄様だ。彼は領地に残り、ベンジャミン兄様を手伝う傍ら、領地にある個人宅で悠々自適な一人暮らしを満喫中。


 そして、忘れてはならないのがもう一人の双子の片割れ、次男のフィリップ兄様だ。彼はオーランドと共に蒼空騎士団員として働き、今は警ら部隊の副長の地位についている。

 フィリップ兄様には可愛らしい婚約者がおり、今年の暮に結婚予定。今は王都に新居を購入し、そこで一人暮らしをしつつ、可愛い妻を迎える日を指折り数え待っているという状況だ。


 よって、王城内にある独身寮で暮らすのは、オーランドと私だけ。しかもオーランドは蒼空騎士団に与えられた敷地内にある団員用の寮で暮らしているので、同じ王城内とは言え、私の部屋がある棟とは少し離れている。


 子どもが成人し、みなバラバラに生活しているが、決して家族仲は悪くない。むしろ団結力はどの家庭にも負けない自信がある。それに彼らはみな愛情深い人達ばかり。


 父と母にしたって、私を「自慢の娘」だと公言してくれているのだから、有り難い限りだ。


 そして今日、私は久しぶりに領地にあるタウンハウスに帰省中。なぜなら、ベンジャミン兄様の奥様、ブリジット義姉様が二人目を無事出産したから。


 お世継ぎ誕生に沸いた四年前ほどではないにせよ、皆新しい家族を祝うため、タウンハウスに集結する事になっている。


「まぁ、これはテオールのおくるみとベビードレスだわ。領地にいると、さっぱり都会物とは縁遠くなっちゃうから嬉しい。これはエマが選んでくれたのね、ありがとう」


 ブリジット義姉様は、私が選んだプレゼントを喜んでくれたのでホッとした。


「因みに半分は俺も出したから」


 ソファーの隣からオーランドが身を乗り出し、自分の功績をアピールする。


「お金だけ後で払ったくせに」


「でも俺の出資金を足したから、エマが納得する物が買えたとも言えるだろ」


「……確かに、それはそう」


 悔しいが私の予算だけではおくるみかベビードレスか、どちらかしか買えなかった。オーランドがいたから、揃いのセットが購入出来て、ブリジット義姉様が二倍喜んでくれたのは間違いない。


「おっ、二人はとうとう仲直りしたのか」


 部屋に入ってきたベンジャミン兄様が、オーランドと私を交互に見て嬉しそうな表情になる。


「元々喧嘩なんかしてないよ兄さん。そうだよな、エマ」


 オーランドの言葉に、私は微笑みながら頷く。


「そうなの。ずっと喧嘩なんてしていなかったし、私たちは仲良しよね」


 和やかな雰囲気を醸し出し、オーランドの言葉を復唱する。内心、ずっと私を避けてたくせにと思いながらも、家族にいらぬ心配はかけられない。


「家族が仲良しだと、心強いものね。二人とも本当に可愛いプレゼントをありがとう」


 ブリジット義姉様は、テオールのおくるみとベビードレスを大切そうに抱きしめた。


「それにしてもエマ、あなたまた痩せたんじゃない?羨ましいけれど心配よ。ちゃんと栄養は足りてるの?」


 突然体型の事を指摘され私は焦る。確かに最近、悩み事……主に隣にいるオーランドにまつわる事で食が細くなってしまった自覚はある。けれど流石に指摘されるほどだとは自分では思っていなかったので、かなりショックだ。


「大丈夫、ちゃんと食べてるわ。今は来春結婚されるリリアナ様の結婚式準備で色々と忙しいだけ。それが終われば、あっという間に元に戻ると思う」


 家族に嘘をつく事に罪悪感を覚えつつ、まさか「この人のせいです」とオーランドを示すわけにもいかず、仕方なく嘘をついて誤魔化した。


 その時サロンのドアが開き、父が現れた。続いて母、それからフィリップ兄様とまとめて三人がサロンにいる私達に合流する。


「エマとオーランドはもう来てたのか」


 既にソファーでくつろぐ私達を見て、父は満足げに頷く。


 中肉中背でありながら、その姿勢はまさに騎士のように堂々としている父。短い黒髪は、昔より白髪が目立つようになってきたけれど、依然として健やかな輝きを放っている。


 王城でたまに見かける父は、誰よりも多くのバッチを胸に付け、清潔感あふれる制服を身にまとい、流石蒼空騎士団の団長といった威厳を周囲に示している。けれど屋敷にいる時は、家族に対して優しく、温かい笑顔を見せる事が多い。


「同じ王都で暮らしているはずなのに、全然顔を出さない親不孝者二人組がいるわ。明日は雨かしら」


 母が言葉に込めた皮肉とは裏腹に、私達を見て笑みを浮かべた。


 落ち着いたラベンダー色のドレスに身を包んだ母は、そこにいるだけで品の良さと優雅さが漂っている。四人の息子と私を育てあげてなお、バター色の髪は艶やかで、澄んだ青い瞳は溌剌と輝き、部屋の様子を取りこぼす事なく注意を払っているのがうかがえる。


 元々伯爵家の娘として育った母は、最初はおっとりとしていたと父は言うけれど、私にとって母はもっとも油断ならない人という認識。


 そう思った瞬間、私の思念が通じてしまったのか、こちらに視線を向けた母と、バッチリ目が合ってしまった。


「そうだエマ。お手紙の返事の件は、後でゆっくり聞かせて頂戴ね」


「はい、母様……」


 私はシュンとしつつも、元凶であるオーランドの靴の先をギュツと踏んでおいた。


「いてっ。俺のせいじゃないし」


「何のことかしら?」


 小声で文句を口にするオーランドに私はとぼけて返す。


「長旅お疲れ様でした。私と妻の為に帰宅して頂きありがとうございます」


 年々父にそっくりになってきたベンジャミン兄様が、ブリジット義姉様と共に父と母に一礼する。


「父様、母様、お帰りなさい」


 私たちは一斉に立ち上がり、父と母に挨拶する。


「あれ、俺には?」


 フィリップ兄様はおどけた表情で自分を指す。


「俺は毎日職場で会ってるし」


「私も王城でわりと見かけるし」


 私とオーランドが揃って言うと、フィリップ兄様は一瞬、「おやっ」という表情になった後、いつもの調子で口を開く。


「いつの間にお前たちは元に戻ったんだ?お前ら二人が手を組むと、俺一人の手に負えなくなるからな。さっそくコンラッドが恋しくなったような」


「有り難いねぇ。でも俺は別にお前が恋しくはないからな。よっ、久しぶり」


 お次にサロンに現れたのは、フィリップ兄様と瓜二つのコンラッド兄様だ。悪ガキから立派な青年となった二人は昔のように、肩をぶつけ合いじゃれあっている。


 双子は唯一、母親譲りのバター色の髪をしているのが特徴だ。因みに瞳の色は父から受け継ぐ神秘的な紫色。この屋敷に来たばかりの頃は、どっちがどっちだかわからず、良く二人に騙された。けれど今はもうその手は私に通用しない。何故なら私がきちんと見分けられるようになったからだ。


 これでベンジャミン兄様の息子二名を抜かし、みんなが勢揃いした事になる。


 父はソファーに腰掛け、家族の様子を見ながら問いかける。


「ブリジット、元気そうだな。具合はどうだ?」


 父は、今回一番の功労者であるブリジット義姉様に声をかける。


「おかげ様で、一人目の時よりはずっと楽です」


「そうか、それは何よりだ。しかし無理はせぬようにな。ベンジャミン、お前がきちんと気遣いをしてやるんだぞ」


「言われなくても、勿論そうするつもりですよ、父さん」


 ベンジャミン兄様は苦笑しつつ答える。


「フィリップ、コンラッド、相変わらずお前たちは騒々しいな。早く座れ」


「「はーい」」


 二人の声が揃う。これぞまさに双子の為せる技。


「返事は伸ばさないこと」


 昔と変わらず静かに母は双子を叱る。


「お前たちは、仲直りしたんだな。そうやって並んでいると、引き離すのが大変だった頃を思い出す。あれは毎日、心が傷み苦行だったからな」


 父はオーランドと私を見て微笑む。


 ベンジャミン兄様から始まり、フィリップ兄様に父と三人から立て続けに、「仲直りしたのか」と聞かれた。どうやら私とオーランドは自分たちが思うよりずっと、周囲に不仲が露呈していたようだ。


 そして私は大好きな父の心を傷つけるほど、オーランドと離れたくないと駄々をこねた時期があったようだ……まぁ、その事は良く覚えているし、何ならこの前無理やりオーランドによって封印されし記憶を開示されたばかりだし。


「ほんとに。あの時期は苦労したわ。でも今になってみると、あなた達がこうして仲良く並んでいると、妙に安心するのはどうしてかしら」


 母は不思議そうな表情で私とオーランドを眺める。


「それは何だかんだ、エマとオーランドが揃ってるのが普通だと、俺等が思ってるからじゃないかな」


 フリップ兄様の声にみんなは大きく頷いた。


 どうやら私がフィリップ兄様と、コンラッド兄様を二人でワンセットと思ってしまうように、家族は私とオーランドを揃ってセットと認識するのが普通だと思っているようだ。


 これは大家族ならではな気がする。なんて妙に納得しつつ、今となっては、一刻も早くオーランドから離れないといけないと思っている私は、複雑な心境だ。


「ある意味正しい認識かも。俺はエマがやっぱり好きだし」


 オーランドが微笑ましい家族団らん中に、笑顔で爆弾を投下したので私は固まる。しかし、家族はそれを特段不思議に思わないようだ。むしろ「だろうね」という雰囲気が漂っているような気がするのは、気のせいだろうか。


「そうか、そうだな。とにかくお前たちが皆元気で幸せそうで、父としては心から嬉しい限りだ。孫も増えたし、フィリップは結婚するし、我がグラント伯爵家は安泰だ」


 何も知らない父は、満足気に微笑むのであった。

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