第12話 従姉妹とお茶会2

 血筋が重要だと考える我が国で、その最たる例とも言えるリリアナ様、アミラ様、おまけで私の三人は、淹れたての上質な紅茶を味わいつつ、各々結婚相手を固める話を前向きに話し合うため、席に着いている……たぶん。


「そう考えると、オーランド様がアミラ様に興味を示さないのは、とても不思議ね。婚約まで進めるには十分釣り合っていると思うのに」


 リリアナ様はおっとりとした口調で、鋭く指摘する。


「そうなのよ。エマ様は何か本人から何か聞いてらっしゃるの?」


 アミラ様の問いかけに、私は心臓が止まりかけた。とはいえ、ここで正直に「私と離れたくないと駄々をこねています」なんて、言えない。


「……もしかしてオーランド様は、他に意中の方がいらっしゃるのかしら?」


 リリアナ様は深刻な声色で口にした。そんな彼女の横で、私の魂は口から抜ける寸前だ。さらには思い出したくもないのに、オーランドが放った「俺はお前が好きなんだ。勿論姉としてじゃない」が頭の中でリフレインされるという異常事態。


「そうよ。好きな人がいるから、アミラ様との婚約を渋っている。ねぇ、そうでしょ?」


 リリアナ様が、何やらキラキラとした眼差しをこちらに向けてきた。


「…………」


 私はついに変な汗がおでこに滲みだしたのを自覚する。

 純粋な心をお持ちなのは、リリアナ様の美点でもあるが、今は欠点でしかない。


「オーランドは、弟がアミラ様に興味を示さないのは、た、ただ単にお仕事が忙しい……のかも?」


 言い終えた瞬間、私は逃げるように紅茶に口をつける。そんな私の反応に、リリアナ様とアミラ様は顔を見合わせた。


「何かしら。エマ様は何か隠しているわ」


「やはりオーランド様には好きな人がいるんだわ」


 何やらこそこそと話している二人の姿を眺めつつ、私は庭で美しく咲く花に視線を逸らす。


 流石ギデオット殿下のお屋敷だ。綺麗に花が手入れされて……。


「私は、一体どうすれば……」


 私は思わず口をついて出た言葉に驚き、慌てて自分の口元を手で覆った。しかしもう遅かったらしい。二人は興味津々といった様子で、こちらへ身を乗り出した。


「詳しくエマ様の悩みを聞かせてくださる?」


「私も聞きたいですわ!」


 しまったと思った時には遅かった。


 長いことライバル同士だった二人がタッグを組んだ。その事が意味するのは最強。


 私が話すまで視線を逸らさないし、口を開かないという強い決意を二人から感じた。


「ち、違うんです。弟は今、姉離れの最中といいますか、小説で良くある「お姉ちゃん、お嫁に行かないで症候群」に感染中なだけで、自分の事は後回しというか。そう、オーランドは恐ろしいウィルスに侵されているのですわ!」


 私はここぞとばかり扇子をバサリと広げ、口元を覆うと「オホホホホ」と誤魔化しの笑い声をあげた。


「何だか怪しいわ。そんなウィルスはじめて聞いたし」


 アミラ様は私に疑いの眼差しを向ける。


「そうね、でもエマがそう言うなら、私は信じます」


 リリアナ様から飛び出した優しい言葉に、私は胸がチクンと痛む。


「正直なところ、私はダニエル様の事をまだ引きずっているわ」


 突然アミラ様が吹っ切れたように告白する。


「でも、いつまでもそれではいけないと思うの。だから良く考えてみたんだけど、私はどうしたってルイス様の方が好みなのよ。オーランド様は確かにクールで素敵だけれど、表情が乏しいのはいただけないわ。それに将来性もルイス様の方が侯爵家の嫡男で有望なのは確実だし」


 何がキッカケなのかはわからない。けれど彼女は心の丈を包み隠さず私達に打ち明けた。


「アミラ様は、本当にはっきりおっしゃるのね。何だかオーランド様が可哀想になってきたわ」


 リリアナ様はやれやれと苦笑し、私はアミラ様の言葉にムツとする。


「オーランドは確かに四男ですけれど、継ぐものがないからと、本人は幼い頃から将来を見据え努力していました。その結果、今は蒼空そうくう騎士団の花形である近衛騎士にまで上り詰めています。ですからオーランドがアミラ様のお相手にふさわしくないと、私は思いません」


 アミラ様のあんまりな物言いに、思わずオーランドの肩を持ってしまう。


「エマは優しいのね」


 リリアナ様が私をフォローするように、口を挟んだ。


「すみません。つい……」


 私はリリアナ様にいらぬ気を使わせてしまったと反省する。


「エマ様がオーランド様を弟だと思って大事にしていらっしゃるなら、私には彼しかいない。逆に言えば、エマ様にはルイス様しかいないという事にもなるのよ?」


 それでもいいの?と言わんばかり、アミラ様は私を見つめた。


 正直オーランドの事を悪く言う人に大事な彼を渡したくはない。けれど私は彼の姉だ。誰が何と言おうと、たとえ血の繋がりがなくとも、一人だけおかしな髪色だったとしても、私は五歳で引き取られた時からグラント伯爵家の一員だと自分では思っている。


 だったら答えは一つしかない。


「私はルイス様との縁談を前向きに考えております」


 私はきっぱりと宣言した。


「……そう。だったらここで愚痴をこぼしている場合じゃないわね」


 アミラ様はやれやれと、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「意思確認も出来たし、今までは色々あったけれど、これからは協力しましょう」


 改めてよろしくと、アミラ様は私に向かって手を差し出した


「よろしくお願いします」


 内心こんな形で和解するとはと、少し驚いた。けれど、すぐににっこり笑い、私は彼女とがっちり握手を交わす。


「それじゃ、近いうちにオーランド様とルイス様と私達の四人で公園でも行きましょう?」


「え」


 私は言葉に詰まる。


 オーランドは絶賛拗らせ中。そんな状態で私がルイス様と仲睦まじくしている現場を目撃したら、彼に背後から刺される未来しか想像できない。もしかしてアミラ様を焚き付けてしまったのは、悪手だったのだろうか。


 でも誘ってみたら、案外上手く行く可能性が……。


 ないなと私は小さく首を振る。


 彼は、ルイス様にキスを落とされた私の手袋を盗み、代わりに新しい手袋をこちらに送りつけてくるような、実に危うい精神状態だ。呑気に四人で公園に散歩に出かけたりしたら、ルイス様と私の仲を破壊の限りをつくし、バラバラのギッタンギッタンにして全てをなかった事にしかねない。


「ええと、四人仲良くというのは、仕事における勤務時間の都合もありますし、難しいかなぁと思います」


 私は遠回しに断りを入れておく。


「まぁ、私も参加したいわ。ダニエル様もお誘いして、みんなで行きましょうよ、公園に」


 無邪気なリリアナ様が乗り気な発言をした。主である彼女の望みは叶えてあげたい。けれど今回ばかりは、素直に受け入れる事の出来ない提案だ。だって殺されたくないし。まだ生きたい。


「それは嫌、何で二人が仲良くしている所を見なきゃならないのよ。しかも私は無関心を貫く女心のわからないオーランド様とペアなのよ?」


「オーランドは、根っこの部分は本当に優しくていい子です。根気よく付き合っていけば、きっとアミラ様だって彼の良さに気付くと思いますわ」


 私は勝手に口が開き熱弁してしまう。

 どうしたってオーランドを悪く言うのが許せない。これはもう長年積み上げてきた彼との絆がある以上、仕方がないのかも知れない。


「じゃ、ルイス様と交換して」


「え、無理です」


 私は即答する。流石にそこは譲れない。


「じゃ、いいわ。公園なんかいかない」


 思いの外アミラ様があっさり引き下がってくれて、私は内心ホッとした。


「どうして上手くいかないのかしら……」


 アミラ様がまた、どんよりとした空気をまとい紅茶と見つめあってしまう。


 きっと、一番いいのは、私が誰とも結婚しないことだろう。そうすればアミラ様はルイス様と結ばれる可能性が高いのだから。


 けれどその選択は、私をここまで育ててくれた母を悲しませる事になってしまう。


 どうにも複雑な事情のせいで、正解が見えてこない。


 ルイス様を選べば、アミラ様を。結婚しなければ母を。

 結局は誰かを傷付けてしまうのだ。


 その状況で、どちらを選べばいいかなんて私には決められない。もどかしく思う私は、思わず唇を噛んで俯く。


「どうせなら、好きな人と結ばれたいなんて、そんなの贅沢な夢だったのよね」


 アミラ様が小さな声で呟く。


「どうしてみんなが幸せになれないのかしら」


 リリアナ様もしょんぼりと肩を落とす。


 私は居た堪れない状況を招いている原因の一端が自分にもあると痛感し、ひたすら綺麗に咲き乱れる花を見つめるしか出来なかったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る