第11話 従姉妹とお茶会1

 舞踏会から十日ほど経った日のこと。今日はアミラ様が開いた、個人的なお茶会に招待されている。


 本来貴族は自宅で行われるプライベートなお茶会に、余程の事がない限り仲良くない人々を招く事はない。それなのに、従姉妹であるリリアナ様だけならともかく、私まで一緒に招待された。


 その突拍子もない事実に、私が気付かないだけで、実はアミラ様に仲良しだと思われているのだろうか。それとも何か罠が仕掛けられているのだろうかと、招待状の手紙を受け取ってから数時間ほど真剣に悩んだ。


 本来であれば、足を怪我しているのでと断りを入れたいところだ。しかし、招待状にはお茶会への誘いと共に「オーランド様の件で秘密のお話が」などと書き記されており、断りの言葉を入れづらかったので結局参加する羽目になった。


 今日は個人的なお茶会と言う事で、参加者は三人のみ。頼りになるアリスとニーナが不在のため憂鬱さに拍車がかかるも、他の令嬢達に品定めされる心配がないので、その点だけは気軽ではある。


「まぁ、その手袋はテオールの新作ね」


 アミラ様は、私がテーブルに置いた白い手袋をめざとく見つけ、話題にする。


「それ、とても可愛いわよね。もしかして誰かからのプレゼントかしら?」


 アミラ様が続けて放った鋭い指摘に、私の心臓はドキリと跳ね上がる。


「オーランド様から頂いたそうよ。最近エマは手袋を無くしたばかりだから」


 私が答えるよりも先に、無邪気なリリアナ様が真実を告げてしまう。


「まぁ、そうなの。オーランド様はお姉様には優しいのね」


 幾分、嫉妬のこもる視線を手袋に落とすアミラ様。どうやらまだオーランド狙いは継続中のようだ。つまりアミラ様は私にオーランドのあれこれを聞くつもりなのかも知れない。


 なるほど、だから私がここに呼ばれたのかと、自分の状況を理解した。


「優しくはありませんわ。そもそも年頃の兄弟なんて、他人みたいなものですから」


 私はいつぞや侍女仲間が食堂で口にした台詞を、そのままお借りする。


「でも普通は誕生日でもない限りプレゼントは送らないわ」


 アミラ様は納得してくれない。


「確かにそうね。エマが気づいていないだけで、オーランド様はあなたの事を大切に思っているのよ。安心していいと思うわ」


 リリアナ様が私を励ますつもりで優しい言葉を下さった。確かに大切に思われているのは、この前身をもって知ったばかり。そしてその件は、私を悩ませる問題でしかなく、全然安心できない状況だ。


 とは言え、オーランドと私の拗れた関係について他人に話す事はできない。たとえ血の繋がりはなくとも、姉と弟という関係である以上、他人から見たら気持ち悪いと思われるに決まっているから。


「大切にされている。今はそう思っておく事にします」


 微笑んで見せるも、内心私の心は複雑だ。


 もちろんオーランドとの関係もそうだけれど、そもそもこのプレゼントを素直に喜べない理由を抱えているからだ。


 私は今回オーランドに、手袋を紛失した旨を一言も伝えていない。それなのに、ピンポイントで彼が手袋を贈ってきた理由。それは仮面舞踏会の日における私の行動を振り返ると、自ずとその答えが判明するものだった。


 あの日私はルイス様に手袋の上からキスを落とされた。その現場を目撃したオーランドが私の捻挫を介抱してくれたあの裏庭で、どさくさに紛れ私の手袋を盗み、なおかつ消毒と称し私の手に、じかに唇を落とした。そしてそれらの罪滅ぼしとして贈られたのが、この可愛らしい有名ブランドの手袋である可能性が高い。


 現在話の中心となるこれは、もはや手袋にしか見えない恐ろしい呪物だと言える。けれどデザインは可愛いし、クローゼットにしまい込むより持ち歩いたほうが、いつか落として紛失する可能性が高い。だから私は、最近積極的にこの手袋を愛用している。


 決して可愛い弟からのプレゼントだからではない。


 でも流石にそんな事は誰にも言えない。

 オーランド絡みの問題は、実に今私を悩ませ、困らせているのであった。


「それで、どうして私とエマを招待したのかしら。オーランド様に取り次いで欲しいという願いなら、たぶん難しいと思いますわ」


 リリアナ様が、さくっと本題を切り出す。


「そうですね、オーランドは人見知りな所があるので、私が紹介するのは難しいような気がしますわ」


 私は嘘をついておいた。なぜなら、現在情緒不安定らしい危険極まりないオーランドに、万が一私がアミラ様を紹介しようものならば、この世の終わりを見る気がしたから。


「実はオーランド様ではなく、エマ様に確認したい事があって」


「私にですか?」


 アミラ様が意味ありげに私を見つめる。


「ええ、エマ様はオーランド様の事をどう思ってらっしゃるの?」


 アミラ様はにっこりと微笑んだ。しかし私はその言葉の意味を掴めなかった。一方リリアナ様はにこやかな笑みを称えたまま。


 どういうこと?と私は首をかしげつつ、求められているであろう答えを口にする。


「もちろん弟の事は大切に思っています。家族として」


 最後にわざわざ付け加えた言葉は、わざとらしくなかったどうか私は内心不安になる。


「でも、血は繋がってないのでしょう?」


 アミラ様がサラリと口にした言葉が、私の心に突き刺さる。と同時に、オーランドを含む周囲の人々は、私をグラント伯爵家の一員として見てくれてはいないのだろうかと、悲しくなる。


「それでも、共に育った家族ですから」


 私は動揺を悟られまいと必死に笑顔を作った。でも多分上手く作れていない。そんな気がしたので、話題を自ら変更する。


「アミラ様は弟の事を本気でお考えなのですか?」


「正直外見は好みだわ。性格はもう少し女心を学んだ方がいいけれど」


「結婚相手としてはどうなのかしら?」


 リリアナ様が確信に迫る。


「無理ね」


 アミラ様は顔色ひとつ変えず即答した。どうやら本人不在でフラれたようだ。


 私はホッとする気持ちと、残念に思う気持ちと、それから腹黒だからやめておいて正解だと言いたい気持ちとが混ざり合い、もはやどんな表情をすればいいのかわからず、目の前の紅茶カップに手をのばす。


「だって私に興味がないどころか、私を避けているみたいなんだもの。クールな方だとは聞いていたけれど、素っ気なさすぎません?一緒にいても全然笑顔を見せないの」


 アミラ様は不服そうに唇を尖らせる。


「きっとオーランド様の事だから、照れくさいのよ」


 リリアナ様がナイスフォローを入れる。


「違う気がするわ……全く、リリアナ様はいいわよねぇ」


 アミラ様は深いため息をつく。どうやら未だダニエル様の事を引きずっているらしい。


 リリアナ様より三歳年上である二十二歳のアミラ様は、現在私と同じ、二十一歳のダニエル様とは幼馴染も同然という状況で育ったらしい。だから彼を想う気持ちはリリアナ様より先に芽生え、長らく一筋に想い続けていたようだ。


 リリアナ様と懇意にしている私は、ダニエル様を巡る攻防において色々とありすぎて、アミラ様をどうしても苦手と思ってしまう部分はある。けれど一途な気持ちは尊敬しているし、出来れば早くダニエル様への未練を断ち切り、幸せになってほしいと願っている。


「そうね、私は幸せだと思う。けれど人の心なんて他人が測れるものではないわ。だから婚約しても不安はつきまとうものなのよ」


 リリアナ様は「ふぅ」と憂いある表情で、ため息をひとつ。


 何だか暗い雰囲気になり、私は慌てて明るい声を出す。


「でもアミラ様はとても素敵な方ですから、他の男性が放っておかないのでは?」


 リリアナ様が美しすぎてつい忘れられがちではあるが、アミラ様は高身長でスラッとしていてスタイルも良いし、顔立ちも華やかで整っている。何より力強く輝く彼女の赤い髪に、私は羨ましい気持ちを抱き憧れている。


「あら、嬉しい」


 アミラ様は嬉しそうに笑った。


「でも私、自分より素敵な女性が近くにいると気後れしちゃうのよね」


 アミラ様はちらりとリリアナ様に視線を向ける。


「まあ光栄ですわ」


 リリアナ様が照れもせず、肯定する。この場の誰もが異論はないので問題なしの発言だ。


「お二人が並ぶ姿は本当に見栄えがします。同じ人間なのにここまで違うか、と何度思った事か。ですからアミラ様にも素敵な男性はすぐに現れると思います」


 その場の空気を明るくする事も侍女の勤め。ついその癖で、私はアミラ様を全力で励まし褒めあげた。


「そうね、私の事を気に入る男性は少なからずいるでしょうね。そして私がその男性に興味を持てば、案外さくっとうまくいくかも知れないわ」


 アミラ様は否定せず頷く。


 やはりこう言った所が、普段の自信に満ちた立ち振る舞いに繋がるのかも知れない。


「ところでエマ様はどうなの?ルイス様から好かれていると自信を持って言える?」


 突然矛先が私に向けられてギョッとする。


「私ですか?それはまだ何とも……」


 私は思わず正直に答えてしまう。


「そうよね、仮面舞踏会で少し距離が縮まったところで、すぐ婚約とはいかないもの。一回踊っただけじゃ本心は見抜けないだろうし」


 アミラ様は痛いところを突く。


「そもそもアミラ様は本気で結婚相手を探すおつもりなのですか?」


 私は失礼を承知で探りを入れる。ダニエル様に対し、未練があるのは明らかだ。だとするとどうしてオーランドに急にちょっかいを出しはじめたのかが、気になるところ。


「いつかは誰かと結婚しなきゃならないもの。それにルイス様があなた狙いで動いたでしょう?その事を知った母に叱られたのよ。いつまでもダニエル様を追いかけているから先を越されるんだって」


 アミラ様は拗ねたように唇を突き出す。


 なるほど、アミラ様は母親からの圧により、真面目に相手を探す事を余儀なくされたと。

 どこの母親も同じようなんだなと、私はアミラ様に少し親近感が湧く。


「リリアナ様がダニエル様と婚約された。そして残されたのはエマ様と私。正直王族絡みの血筋を持つ私達に釣り合う男性は、ルイス様、そしてオーランド様が妥当だというのが、周囲の判断なのよね?」


 アミラ様が現状を確認するように、口にした。


「ええ。あなた達のお相手には、最低伯爵家以上か、それ以下でしたらそれなりの資産をお持ちか、あるいは権力のある家柄の方ではないと厳しいでしょうね。となると、国内で丁度年齢的に釣り合いそうなのは、政務に明るいエヴァンス侯爵家のルイス様と、軍務に明るいグラント伯爵家のコンラッド様かオーランド様の名が挙がるのは至極自然な事ですわ」


 リリアナ様の口から、我がグラント伯爵家の双子の片割れ。コンラッド兄様の名前が飛び出した。そう言えば、領地にて長男であるベンジャミン兄様を手伝うコンラッド兄様も未だ独身だ。


「コンラッド様は領地から出て来ないし、そもそも結婚しないと断言しているそうじゃない」


 アミラ様が確認するように、私の顔を覗き込む。


「ええ。コンラッド兄様は、まだ学ぶ事が多いからと、結婚したくないそうです」


 私は本人の口から聞いた言葉をそのまま伝える。


「となると、やっぱりルイス様かオーランド様しかいないってことね」


 アミラ様は独り言のように呟いた。それから憂いある表情を、紅茶カップに向けた。何だかこちらまで切なくなる表情だ。


 アミラ様は、長らく一途に想いを寄せていたダニエル様に失恋をして、わずか半年程度で生涯を共に過ごす人を決めなけなければいけない。その事を思うと、何となく可哀想に思えてきた。


 だからって、オーランドがアミラ様と結婚する。それが現実となった場合を考えると、私はどうしても嫌だなと感じてしまう、とても我儘な気持ちを抱えている。だけど、いずれは私もオーランドもお互い違う人と結婚しなければならない。それが当たり前だから。でもやっぱり、なんか嫌だ。


 この気持ちをオーランドは恋と勘違いしている。けれどそれを違うと私が思う根拠は、オーランドが弟だからという事実のみ。もし、「血は繋がってないんでしょう?」という、アミラ様の言葉を受け入れたとしたら、私がオーランドに感じる感情は、果たして恋のそれとは違うのか。


 彼をずっと特別な弟だと、人生において別枠に位置付けをしてきた私にはわからない。


 私は心と現実、二つの感情がない混ぜになり混乱する。だから慌てて紅茶を口にし、どうにか平静を保とうと、必死にもがくのであった。

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