ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……

卯月二一

ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……

「ねえねえ、旦那だんなさま。次はどこへいくの?」


「そうですね。私が考えていたより北方の冬は長かったようです。古い友人に会いたいと思ったのですけど、この様子では進めませんね」


 そう私の頭の上を楽しそうに飛びまわる妖精さんに答える。今しがた降り始めた雪は進むにつれ激しくなりそうだと、先に向かうにつれ色を濃くしていく灰色の空が伝えている。


「そうなの? でもボクはこの冷たくて白くてふわふわな雨は好きだよー」


「おチビさん。それは雨ではなく雪というものですよ。このまま行ってもこのこごえる空気が大地を鉄のように固く、水さえも石のようにしてしまうのです。君は平気かもしれませんが、私はどうも耐えられそうにありません。先ほど見かけた村に引き返しましょうか」


「ふーん、ならしかたないよね。よーし、引き返そう!」


 勢いよく飛んでいくかに思われた『彼女』は空中で方向転換すると、私の着ているローブのフードの中にすっと入り込んだ。


「えへへ。ここが快適なのですぅ」


 村が見えてくる頃にはもう彼女は熟睡してしまっているようであった。


 運の良いことに村人たちは同じ女神様への信仰を持つ人たちで、余所者よそものの私でも心よく受け入れてくれた。


「もう春だというのにこの雪模様ゆきもよう。ああ、この先ではもう降り始めているのでしたな。朝にはこの辺りにも積もりますかの」


 ひげの長い村長さんは使っていない部屋を貸してくれた。半年前に村を出た息子さんが使っていたらしい。いつ帰ってきてもいいように掃除などはおこたっていないということだった。


「ベッドがふかふかだよー」


 妖精さんが飛び跳ねている。普通の人間には彼女の姿も見えないので黙っていれば気づかれることもない。気まぐれで妖精はその姿を見せることもあるのだが、この世界でもお伽話とぎばなしにしか登場しないから見られたら大騒ぎになるはずだ。村長さんは耳が遠そうだったので、これくらいの声の大きさなら問題ないだろう。


「ほう、パンだよ。このあたりは小麦の大産地だいさんちでしたね」


 村長さんから渡された包みに入っていたのは、王都でもお貴族さましか食べることのない白パンであった。前に口にしたのは三年前だったろうか。一緒にわけてもらった果実酒かじつしゅとありがたくいただく。妖精さんはパンのかけらを口いっぱいに頬張ほおばっていた。



「ん? もう朝なのか」


 家の外から聞こえる子どもたちの笑い声で目が覚める。ベッドからゆっくり体を起こし外に出る。村長さんはどこかに出かけてしまったようだった。


 妖精さんは子どもたちと、昨夜のうちに降り積もった雪で一緒にはしゃいで遊んでいた。楽しそうなのを見て我慢がまんできなかったようだ。あれほど勝手に人に近づいてはいけないと言っておいたのに。やれやれと思いながら切り株に腰を下ろしてその楽しそうな様子を眺める。


 こんな王都から遠く離れた小さな村だ。別段大事べつだんおおごとにもならないであろう。昨日張った結界の範囲内だ。人間をがいしてしまう彼女の力も完全におさえられている。だが、老人や女性は見かけるが働き盛りの男たちの姿がない。どこかに働きにでているのであろうか。


「ねえ、お兄さんは魔法使いさんなの?」


 小さな男の子が私に声をかけてきた。


「ああ、この格好かっこうが珍しいんだね。まあ、似たようなものだよ」


 魔法使いというのはでも希少きしょうな存在である。妖精さんほどではないがこんな村だと初めて見るのかもしれない。


「どうしてこんなとこで座ってるの? 悪いやつをやっつけにいかないの?」


「悪いやつ?」


 ああ、お伽話とぎばなしだと勇者様御一行ごいっこうと一緒に、悪い魔王を討伐とうばつにいかないといけないんだったか。


「みんな言ってるよ。悪いやつがこの国に攻めてくるって。お父さんもみんなを守るためだって行っちゃったんだ……」


 そっちか……。帝国の新たな皇帝が版図はんとの拡大に動き出したのだったか。約100年前の多くの国々を巻き込んだ大戦争以降、大陸各国はおおむね協調して魔王との戦いに意識を向けていた。しかし皇帝はかねがねこの国に対してだと主張してきたのだが、ついに侵攻を開始。最大のライバルであった大国はリーダーが高齢のじいさんで言動も記憶力も怪しく使い物にならない。西側の諸国連合は武器の供与きょうよはするが基本戦う気はない。


「ああ、みんなあいつが悪いやつだって分かっていますが、誰も倒しに行ってくれませんね」


「ねえ、勇者さまは?」


「……」


 勇者も、聖女も、剣聖もいるはずだけど……。それにこの駄目だめ賢者けんじゃも見てみぬフリしてるよな。


 

 翌日、積もった雪はすべて溶けていた。


 

 私と妖精さんは村を後にして再び北へと向かう。


「えっと旦那だんな様、雪がけたら何になるの? ボク、忘れちゃったよー」


「ああ、それですか。み、……みずじゃなくて、春ですね」


「そうそう、それ! はーるー、春だぁ」


 妖精さんは私の頭の上をぐるぐるとうれしそうに飛んでいる。


「ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……」


 

 いまだ戦争は終わっていない。


 

 予想通り遠くに武装した帝国軍が見えてきた。天候の回復をみて進軍を始めたようだ。 


「さあ、妖精さん。私のカッコいいところを見せてあげましょうかね」


「おーう!」



 さて、この世界の平和は守るとしましょうか。




 了

 


 



現実世界の状況は深刻で、こんな作品のネタにするのは不謹慎だというのは承知の上です。創作の世界くらい気持ちの良い春を迎えたいと……。申し訳ありませんがクレーム等は一切受けつけませんので、よろしくです。

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ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね…… 卯月二一 @uduki21uduki

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