ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……
卯月二一
ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……
「ねえねえ、
「そうですね。私が考えていたより北方の冬は長かったようです。古い友人に会いたいと思ったのですけど、この様子では進めませんね」
そう私の頭の上を楽しそうに飛びまわる妖精さんに答える。今しがた降り始めた雪は進むにつれ激しくなりそうだと、先に向かうにつれ色を濃くしていく灰色の空が伝えている。
「そうなの? でもボクはこの冷たくて白くてふわふわな雨は好きだよー」
「おチビさん。それは雨ではなく雪というものですよ。このまま行ってもこの
「ふーん、ならしかたないよね。よーし、引き返そう!」
勢いよく飛んでいくかに思われた『彼女』は空中で方向転換すると、私の着ているローブのフードの中にすっと入り込んだ。
「えへへ。ここが快適なのですぅ」
村が見えてくる頃にはもう彼女は熟睡してしまっているようであった。
運の良いことに村人たちは同じ女神様への信仰を持つ人たちで、
「もう春だというのにこの
「ベッドがふかふかだよー」
妖精さんが飛び跳ねている。普通の人間には彼女の姿も見えないので黙っていれば気づかれることもない。気まぐれで妖精はその姿を見せることもあるのだが、この世界でもお
「ほう、パンだよ。このあたりは小麦の
村長さんから渡された包みに入っていたのは、王都でもお貴族さましか食べることのない白パンであった。前に口にしたのは三年前だったろうか。一緒にわけてもらった
「ん? もう朝なのか」
家の外から聞こえる子どもたちの笑い声で目が覚める。ベッドからゆっくり体を起こし外に出る。村長さんはどこかに出かけてしまったようだった。
妖精さんは子どもたちと、昨夜のうちに降り積もった雪で一緒にはしゃいで遊んでいた。楽しそうなのを見て
こんな王都から遠く離れた小さな村だ。
「ねえ、お兄さんは魔法使いさんなの?」
小さな男の子が私に声をかけてきた。
「ああ、この
魔法使いというのはこの世界でも
「どうしてこんなとこで座ってるの? 悪いやつをやっつけにいかないの?」
「悪いやつ?」
ああ、お
「みんな言ってるよ。悪いやつがこの国に攻めてくるって。お父さんもみんなを守るためだって行っちゃったんだ……」
そっちか……。帝国の新たな皇帝が
「ああ、みんなあいつが悪いやつだって分かっていますが、誰も倒しに行ってくれませんね」
「ねえ、勇者さまは?」
「……」
勇者も、聖女も、剣聖もいるはずだけど……。それにこの
翌日、積もった雪はすべて溶けていた。
私と妖精さんは村を後にして再び北へと向かう。
「えっと
「ああ、それですか。み、……みずじゃなくて、春ですね」
「そうそう、それ! はーるー、春だぁ」
妖精さんは私の頭の上をぐるぐると
「ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね……」
いまだ戦争は終わっていない。
予想通り遠くに武装した帝国軍が見えてきた。天候の回復をみて進軍を始めたようだ。
「さあ、妖精さん。私のカッコいいところを見せてあげましょうかね」
「おーう!」
さて、この世界の平和は私が守るとしましょうか。
了
現実世界の状況は深刻で、こんな作品のネタにするのは不謹慎だというのは承知の上です。創作の世界くらい気持ちの良い春を迎えたいと……。申し訳ありませんがクレーム等は一切受けつけませんので、よろしくです。
ああ、たしかに春は来ました。そうなんですけどね…… 卯月二一 @uduki21uduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます