第39話 伝統芸能
改めて、ここはウポポイ(民族共生象徴空間)という所だ。なかなかこの民族共生~の言葉が覚えられない。それで、アイヌとは一言も書いてない。でも、どう見てもアイヌ文化の紹介施設なのである。
入場してすぐ、本日のプログラムが張り出してあった。入り口に立っていた人に、もうすぐ民族芸能のステージが始まるから、整理券を受け取ってと言われた。その整理券がもらえる場所が、体験交流ホールにくっついている小屋だそうで、そこへ向かった。今しがた、始まってしまったら入れませんから、と言われたが、この小屋で整理券を受け取った時にも、
「15分前から入場できます。始まってしまうと入場できませんので、お気を付けください。」
と言われた。途中入場不可のお知らせが念入りに行われている。そんなに途中では開けられない事情があるのか?上演は11:30から。現在は11:10。惜しい。あと5分入れない。
入場できないなら、他を見ていようということで、ホールの向かい側の建物に入ってみた。楽器を作ったり調理体験をしたりするプログラムがあるらしい。楽器と言えば、私が以前ポロトコタン村を訪れた際、アイヌの方が演奏していたビヨンビヨンと鳴る楽器の事が忘れられない。音や鳴らし方が衝撃的だったのだ。あれは癖になる。30年以上経つというのに、その間一度も見たり聴いたりした事はないのに、その音色を今も覚えているのだ。
映像の部屋があった。「ゴールデンカムイ」という実写映画のビハインド映像がデカデカと上映されているようだ。映画で使われた弓矢やカバン、曲げわっぱなども展示してあった。ゴールデンカムイというアニメがあって、それが実写化されたとか、されるとかいう話は少し聞き及んでいたが、これをちらっと見ると配役が豪華で、なかなか面白そうだった。でも、映画を観ようと思っていたわけではないのに、ネタバレが嫌だという気持ちになってか、あまりよく映像を観なかった。
さて、そろそろ時間になったのでホールに行こうとして、また面白そうな自販機を見つけた。側面に「ワッカ モーシ モシ みずよ めをさませ さませ」と書いてある。何が売っているのかと思ったら、普通に水やジュース、コーヒー等だった。表面には「イホク スウォプ」と書いてある。うーむ、どういう意味なのだろう。しかし「モーシ モシ」は、「覚ませ 覚ませ」だと思わないか?え?ひょっとして、電話で言う「もしもし」は、アイヌ語と関係が!?……いや、知らんけど。
さて、ホールに入っていき、整理券に書かれた座席番号のところに座った。ホールは思ったほど広くはなかったが、舞台は広い。だが、一番驚いたというか珍しいのが、舞台の奥が大きな窓になっていて、向こうにある湖が見える事だった。いや、湖じゃないのか?雪と木が見えている。明るい。こんな舞台は初めて。自然がいっぱいだから出来る技だろう。
前から2列目の席だったが、最前列には人がいなかった。もらったパンフレットのようなものを眺めてみる。そうしたら、ウポポイ=民族共生象徴空間ではなかった!民族共生象徴空間=ウアイヌコロ コタンだそうだ。そして……ナニ?人間=アイヌだと?!アイヌ人と言ったらアイヌ アイヌになってしまうではないか!
また、すぐ傍に広がる湖は、ポロト湖だと書いてある。今、ほぼ凍っていて雪が積もっている。先ほど橋を渡って来たのだが、雪が一部溶けていて水が見えていた。
お、そろそろ始まるらしい。おっとー、開いていた窓が閉じられていくー。そうか、演目を上演する際には閉じて、暗い普通の舞台になるのか。
アイヌの民族衣装を着た、2人の女の子が出てきた。そして、意味の分からない言葉をしゃべる。その後に、日本語で訳してくれる。かつて、私がポロトコタンに来た時には、アイヌ人として出てくる人はお年寄りばかりだった。こんなに若い子たちがアイヌ人として、
「私たちは~」
と語っている。彼女らの働く場所が、こうやってちゃんと整ったという事なのだろうか。
お辞儀をしたから拍手をしようとしたら、単なるお辞儀ではなく、腕を高く一度上げてから下げるという動作をした。つい、拍手をしそびれてしまった。
続いてひげの男性が出てきて、別の女の子も出てきた。やはりアイヌの言葉をしゃべる。歌ったり、踊ったり、楽器の演奏を……そう!あのビヨンビヨンだ。ムックルとかムックリなどと言うらしい。でも、若い女の子の演奏するムックルは、バックミュージックが掛かっているからか、少し弱い気がする。私がかつて聴いたのは、狭い古民家のようなところで、目の前で演奏してくれて、力強くて……昔の記憶だが。でも、ムックルは手で弾いているというか、引っ張っているだけなのに、強弱が付いたり、低い音と高い音が同時に出たりして、不思議な楽器だ。異世界空間に連れて行ってくれる。
また、拍手をしそびれた。途中からは、ここで拍手をしたら、さっきは拍手に値しないものだった、と言っているようで……もう途中では拍手できない。本当に、会場内シーンとしてしまって、誰も拍手をしないのだ。私と同じように考えているのだろうか。最後の演目が終わったら、絶対に拍手をしようと思っていた。
「次が最後の演目です。」
と言われ、拍手するぞ、と身構えた。そして、最後の演目が終わった時、私が拍手をしようと手を出した瞬間、隣に座った夫が一拍先に拍手をした。そうしたら、会場内からワーッと拍手が沸き起こった。みんな、誰かがするのを待っていたのだろう。もちろん、私も夫に一拍遅れたものの、惜しみない拍手を送った。ああ、良かった。お客さんの反応がないのは寂しいだろうから。
そんな、余計な事を考えていたわけだが、確かに初めてではないという感じがあるからだろう。いくら30年以上前とはいえ、ちゃんと覚えているのだ。夫は、ムックルの演奏を聴いてすごいと思ったらしい。初めて聴いたら驚くよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます