第88話
目の前には大きな鍋、中では青々とした野菜や肉が食べられるのを今か今かと待ち望んでいる。
「鍋ですよ鍋!」
いつも通りテンションの高い白帆が、うきうきと箸を取る。午後休で帰ったはずが、いつの間にかこいつと鍋を囲むことになってしまった。
白帆は「ではまたあとで〜!」と気の抜けた挨拶をしたかと思えば、帰宅して十数分で俺の家に転がり込んできた。そんな約束していたか?と疑問符を浮かべていると、とんとん拍子にご飯の準備が整っていたのだ。
小皿へよそってまずは一口。うーん美味い、市販の鍋の素で作ったとはいえ十分過ぎる。これを1から自宅で作ろうと思うと、お金と時間のコストがすごいからなぁ……日々の企業様の努力に頭が上がらない。
「ひぇんぱい、たべへまふか?」
先輩、食べてますかって言ってるんだろうが……分かってしまうのも癪で反応したくない。
でもしないと拗ねるからなぁ。というか口に物入れたまま喋るんじゃない。
「食べてる食べてる、昼間だけどビールでも飲みたい気分だわ」
「ありますよ?」
四次元ポケットよろしく、どこからともなく白帆が缶を取り出した。
鈍く光ったそれに思わず手が伸びる。
「そんなそんな、注いだげますよ〜」
「冷蔵庫にあったか?ビール」
俺が話す間にも、金色の液体は長いグラスを満たしていく。こいつ、泡の比率完璧じゃねぇか。やっぱり優秀な人間は何でもできるな。
「私の家から持ってきました!」
「そういうところ、」
「好きなんですよね?」
「捏造するな。『気が利くよな』って言うつもりだっただが」
それでも、褒めて褒めてオーラがでている白帆をそのままにしておく訳にもいかず。
「でもまぁ正直ありがたい」
「まったく……好きだって言ってくれれば全部解決なのに」
解決どころか
なんて冗談も口には出さずに鍋をつつく。
「んで、今日はお前このまま家にいるつもりなのか」
「うーんどうしよっかな〜」
「なんも無いぞ、この部屋」
改めて見回すと本当に娯楽が無い。ゲームも1人用、モニターはあれどTVは無い、他に遊べるものなんて……。
「なにか探してます?」
「いや、お前が楽しめそうなものないなぁと……」
「先輩はお馬鹿さんですね、ほんと」
もーらいっと最後の肉を自分の取り皿へ入れて、彼女はこちらを見る。
柔らかく微笑んだ顔は相も変わらず綺麗で。
「一緒に居られたら、他に何も要らないんですよ」
◎◎◎
こんにちは、七転です。
お久しぶりです、仕事が忙しかったり体調を崩したりしてました。
別の作品のお話で恐縮ですが、実は拙作『営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常』が書籍化することになりました。そっちからじゃなくて、この作品から私を知ってくださったみなさん、ぜひぜひご一読ください!
ではまた!
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