第84話
side:白帆 羊
なんの前触れもなくパチッと目が開く。布団の中に籠った熱とやけに自分にフィットする抱き枕……抱き枕?
実家には確かあったけど、一人暮らしを始める時に落ちてきたはず。身体へかかる重みから、確かに布団は私の上に掛かっているはず。
じゃあ私の腕の中にあるこれは?
寝ぼけた頭が徐々に冴えてくる。まるでファインダー越しにピントを調節するように、散らばっているパズルがどこに嵌るかわかるように、今の状況が頭に流れ込んでくる。
ラッキー。
最初に頭に浮かんだ言葉はその4文字、いや英語だったら5文字か。
思考の渦に沈む前にまずは深呼吸。やはり本能に従うと脳が喜ぶ。そりゃそうか、好きな人の腕を抱えて好きな人の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいるんだから。
普段のしかめっ面では想像もできないほど柔らかそうな頬を指でひと押し。
「う゛ぅ……」なんて可愛くない声を出している、そんなところもかわいいんだから、ほんとに恋なんてするもんじゃない。
「せんぱい」
小さく口の中で言葉を転がしてみる。
いつか食べたお菓子みたいに甘くて、ブラックコーヒーみたいに苦くて、どうにかなってしまいそうだ。彼の名前を呼ばなくなってどれくらい経っただろう。
先輩なんて学生時代から今に至るまでたくさんいる。それでも彼のことを「先輩」と呼ぶのは、私のわがままなのだ。先輩が先輩じゃなくなった時、いつかそんな時が本当に来るのならば、その時は名前で呼ぼう。
……遠峰ちゃんはまだ起きないだろうか。
きっと2人とも二日酔いだろう、ここは家主として何か作ってあげようか。
でも彼が起きるまではせめて一緒にいたい。
そこで自分の今の姿を思い出す。髪は寝癖まみれですっぴん。
あぁだめだ。
名残惜しいが、彼を起こさないように腕を解放する。
カチッカチッと壁に掛けた時計がリズムを刻む。
人間に与えられた最も平等なものは時間だなんて嘘だ。人生が終わる時、振り返ることのできる思い出は多い方が得なのだ。
そしてそれは、こんなミキサーで心の中を混ぜられたみたいな瞬間なんだろう。
先輩を起こさないようにひっそりと部屋を出て、歯磨きと……軽くだけメイクする。
彼が起きて最初に見る私はかわいくあって欲しいのだ。
そうこうしているうちに朝もいい時間。
寝室に戻ると、再び先輩の隣に潜り込む。
本当はあと5分……いや、あと1日でもこうしていたい。
それでも時間は進んでしまうから。
最後に彼の頬を撫でると、私は布団をばさっとなびかせる。
「おはようございます、せんぱい!」
◎◎◎
おはようございます、七転です。
土曜日の朝に土曜日朝の話をアップできてよかった。
そういえば今年もカクヨムコンあるんでしょうか。
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