第83話
思わずため息をつく。今は身動ぎひとつすら気を遣わねばならない。
俺が寝転んでいるのはベッドの上、目線を前に向ければ知らない天井。自称「かわいい後輩」こと白帆か俺の左腕に巻きついている。いやほんと、柔道の寝技もかくやと言わんばかりの抱きつきようである。
部屋に響くのはカチッカチッとBPM60のテンポを刻む時計と、すぴーっと気持ちよさそうな寝息。音の主はもちろん彼女だ。
「ったく危機感のない顔で寝やがって」
こちらに向いた綺麗な寝顔を思わず指でつつく。
うにゅうにゅ言って起きそうなので、程々のところで止めておく。
数ヶ月前のうだるような暑さは見る影もなく、ドアの隙間から盛れる風は肌にきつく当たる。
こういう時は左半身の温もりに縋りたくもなってくる。ただ、俺の布団が全部奪われていることはいただけないが。
まだ少し寝付けない。
寝る前の出来事が頭に勝手に浮かんでくる。
俺の部屋が白帆の部屋とほとんどゼロ距離なことを知った遠峰さんは、そこまで驚かなかった。
それどころか腕を組んでウンウンと頷いていた。いや、自分で言うのもなんだがもう少し驚いてくれてもいいと思うのだ。
「だから白帆先輩が〜」
なんて意味深な言葉を吐くと、白帆になにやら耳打ちする。
はっ!と何かに気が付いた白帆の顔が赤くなったかと思えば、じりじりとこちらへ寄ってきたのだ。
「何……?怖いんだけど」
「あのせんぱい、」
あぁ、この顔は何かをお願いする時の顔だ。これまで散々みてきた。
「あー、既に断りたいんだが」
突然真顔になる白帆。面白いから百面相するのやめてくれ。
「断れるとお思いで?」
「本気を出せば」
ちらっとベランダに視線を向ければ、まるで俺の逃亡を阻止するかのように遠峰さんが立ちはだかる。
バトル漫画のワンシーンかよ。というか誰がベランダから逃げるか。普通に玄関から帰るわ。
「それでご希望は?」
一応、一応聞いておく。
「遠峰ちゃんはソファで寝るらしいので、先輩は私と寝ましょう!」
そんな一言から始まった、いや始まってしまったと言うべきイベントは白帆の超高速寝落ちで幕を閉じたのだ。
相変わらず寝息の音は途絶えない。
彼女が動く度に、その艶やかな髪が自分の頬をくすぐっていく。
少し触れたかと思えばいつの間にか遠ざかって、まるでどこかの後輩みたいじゃないか。
そろそろ睡魔に意識を明け渡そうと目を閉じる。
いつまでも待つって言われているけど、ここまでさせて俺がだんまりなのもフェアじゃないよな。
「せんぱい……」
小さく呟かれた柔らかな声が耳を通り抜けていく。
再び頬に触れたさらさらの髪を指でひと撫でして、俺は深い眠気に身を任せた。
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