第81話

 見慣れているが入ったことはない。そんな場所が誰にでもあるだろう。

 俺たち・・はまさにそんな場所にいる。


 マンションの住人でもないのにオートロックを解除するべく鍵を差し込んで回す。

 躊躇いが少なかったのは酔いか、それとも背負った後輩のせいか。


 自分の部屋と同じ階までエレベーターで上がる。


「へぇ、廊下こんな感じなのか」


 少し余裕が出てきたのか、内装を見渡した感想が漏れる。


 お目当ての扉の前で立ち止まって深呼吸。

 と、すぐに目の前に柔らかい光が現れる。


「あれ、遅いと思ったら」


「すまん、ちょっと荷物が多くてな」


 そう言いながら背中の遠峰さんを背負い直す。


「そうだそうだ!早く入ってください」


 そう言うと彼女はドアを開け放ち、部屋の奥へと消えていった。

 自宅より広い玄関に迎え入れられる。こんなところでも給料格差が……。とりあえず今は遠峰さんだ。


「まーた見事に潰れちゃいましたね」


「な、ほんと申し訳ない。平日の晩に」


「いいですよ〜鍵を渡したのに使ってもらえないと思ったら、別の女の子を背負って泊めて欲しいだなんて……都合のいい後輩ですよ私はまったく」


 ふふっと自虐気味に笑うと、白帆は遠峰さんを介抱し始める。

 ここに男がいるのもまずいだろう、さっさとお暇しよう。


「埋め合わせは今度……」


 鞄を持って立ち上がろうとしたところで彼女に腕を掴まれる。


「まだいますよね?」


「いや、さすがに女性の家に男がいるのもだめだろ」


「いますよね?」


 どんどん腕にかかる力が強くなる。

 むんっと膨らんだ彼女の頬を指で突きたくなる衝動を抑える。


「わかったわかった」


「せんぱいなら聞いてくれると思いました!」


 ふふんっと表情を綻ばせて、白帆は遠峰さんを揺する。


「遠峰ちゃん、起きて〜」


 道中背負って振動があったはずなのに全然起きなかった遠峰さんも、白帆の激しい揺さぶりには耐えきれず目を覚ました。


「あれ……?ここ……私、会社の人と飲んでて、でもなんで」


「ゆっくり教えてあげるからね〜」


 手をわきわきと動かしながら白帆は遠峰さんを抱きしめる。

 そしてこちらを向くと、


「先輩はとりあえずシャワーでも浴びてください。着替え、お貸しするので!」


「お前の服は着れないって……」


「こんなこともあろうかと、買っておきました!なんて準備がいいんでしょう!」


 そう言うと、棚から新品のパーカーとスウェットが姿を現した。

 おかしい、未来でも読めるんだろうか。


「俺が来なかったらこの服どうするつもりだったんだよ」


「絶対来ると思ってましたけど……もし私が早まったせいで二度と先輩が家に来なかったとしたら、自分で着てましたね」


 綺麗な唇が弧を描く。時折彼女は大人っぽい笑みを浮かべる。それにどうしようもなく心臓を鷲掴みにされてしまうのだ。


 赤くなった顔を背けて誤魔化すように咳払い。


「じゃ、シャワーいただくわ、別に自分の家でいいんだが……」


「せんぱい?」


「うっ、すまん」


 今日はどうがんばってもこいつに勝てない。

 自分の立場の低さを思って涙を飲みながら、俺は廊下へ続く扉を開けた。

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