第80話
スライド式のドアをカラカラと開く。
上半期も何とか乗りきったお疲れ様会ということで、今日は総務課全員で飲み会だ。
金曜日ということもあり、午後皆ソワソワしていた。全体の飲み会か珍しいということもあるが、課長ですら時計をちらちら見ていたのには笑ってしまった。
「それで、先輩と白帆先輩はどこまでいったんです?」
会社での席の配置と同じく俺の隣に座った遠峰さんが口を耳に寄せる。
ぞわっとするから突然近づくのはやめて欲しい。
「どこまでって……はじまりも終わりもないよ」
「またまた〜!あんなに白帆先輩が懐いてるの見たことないですよ!」
「遠峰さんはあいつの親か何かなのか」
乾いた口を誤魔化すように冷えたジョッキに口をつける。これは外が冷えてるから。
夏みたいに湿度は高くないはずなのに、背中を一筋の汗が流れる。
「うーん……私こういうのは外さないんですけど」
「なになに?白帆ちゃんの話?」
遠くにいたはずの同僚がいつの間にかテーブルを挟んで向かい側にどかっと座る。
「お前はどっから湧いたんだ」
しかし助かった。
「俺のアイドル白帆ちゃんの話が聞こえたから」
「あれ、でも白帆先輩とそんなにお話されてましたっけ?」
何気ない遠峰さんの口撃に同僚は胸を押さえる。
やめてやれ、クリーンヒットにもほどがある。
「うっ……いいんだ、遠くから眺めてるだけでも楽しいんだ……」
無言で俯く彼のためにビールのおかわりを注文しておく。
というか隣でとんでもない速さでグラスか空いているが。
「遠峰さんってそんなにお酒強かったっけ?」
「うぅん、、、普通くらいれす」
やはり入社して数ヶ月、やっとの区切りと考えれば飲みたくもなるか。
既に怪しいから誰かに押し付けたい気持ちと、直属の後輩だから面倒を見ねばという気持ちがせめぎ合っている。基本的にこの会社で邪なことを考える馬鹿はいないが、彼女が嫌な気持ちをしないに超したことはないしな。
こんなとき、白帆が居れば楽なんだが。
「今白帆先輩のこと考えてました?」
顔を赤くしながらも鋭い指摘を飛ばす遠峰さん。
普段は大人しい感じなのに、これもアルコールの魔法か。
「どこからあいつが出てくるんだよ」
「なんとなくなんですけど、先輩って白帆先輩のこと考えてる時優しい顔してるんですよ」
常に自分の表情が見えるゲームのような世界に生まれなくてよかったと心から思う。
「気のせいだろ」
飲み会も終わり、入ってきた時の同じドアをくぐって外へ出る。
忘れ物チェックをしていたからか、外には既に総務課メンバーがわらわらと集まっていた。
さて、金曜日だし二次会もあるんだろう。
とはいえ……。
自分に寄りかかった遠峰さんに視線を向ける。服越しでも体温が伝わってしまうのが何とも。
飲みすぎなんだよな。
どこかの企画課所属の後輩と違ってあざとさはないのが救いだろうか。
「おい、送ってやれよ教育係」
「こういうのは女性の方がいいだろ。ってか家知らねぇし」
どうしたものか。周りを見渡しても、遠峰さんを送っていけるような人はいない。
二次会も捨てがたいがここはひとつ、教育係としての責務を全うしようか。
「遠峰さん、自分の家の住所言える?」
「……」
反応がない、ただの……ってこれ以上はまずいか。
これ以上ここにいても仕方ないから駅へ向かう。こんな時に頼れるのは。
大変不本意ではあるものの、自分のキーケースに2本目の鍵があることを確認して、スマホのチャットアプリを立ち上げた。
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