第79話
「せーーんぱいっ!」
週が明けて月曜日、現在12時40分、絶賛昼休み中である。
近くのお店でセールでもやっているのか、総務課の部屋に人の影は少ない。ミスったなぁ……俺も朝コンビニで買わずに、みんなに着いていけばよかった。
とまぁ現実逃避はここまで。
隣の企画課から意気揚々と俺たちの聖域に侵入してきたのはご存知、白帆 羊。
「かわいいかわいい後輩に1日会えなくて寂しかったでしょう」
またもや謎理論で俺をつつく彼女。
「うるせぇ、社会性を身につけてくれ」
「先輩が教えてくれるんですよね?手取り足取り」
今はいない同僚の椅子をころころと滑らせて、白帆は俺の隣に座った。
逆向きに椅子に跨った彼女は背もたれに腕を、その上に顎を乗せてこちらを見つめる。
「もし私が総務課だったらこんな感じだったんですかね〜」
「そんな恐ろしい話するなよ……」
上目遣いな柔らかくも鋭い視線を躱すようにまぶたを閉じる。
「失礼な!」
なんてぷんすか言ってる後輩は無視。
もし彼女が隣に座る後輩だったら。
毎日リモートワークも辞さない構えだっただろう。心理的な疲弊が重すぎる。
これを言うと「私、重く無いですよ!」なんて彼女は言うんだろうか。
最近、彼女の思考回路の片鱗を掴み取れたのか、脳内白帆が暴走することがある。
「どうしたんですか?ぼうっとして」
そしてリアル白帆に引き戻されるのだ。
「いや、もしお前が毎日隣にいたらって考えてた」
「いやぁプロポーズですか?こんな白昼堂々」
「まさか。毎日ストレスフルで会社辞めてたかもな」
足で地面を蹴った白帆は、椅子と一体化しながらこちらへ近付いてくる。
「だめですよ、嘘ついちゃ」
顔が近い。
つい最近会った……というか家にいた時よりも赤い唇、鋭利な線が入った目元に通った鼻筋。
むんっと膨れた頬に思わず指を伸ばしそうになる。
「ほらほら、自分の巣に帰った帰った」
すんでのところで理性がその勢力を強めて、なんとか社会的に抹殺されずに済んだ。
手をひらひら振って彼女を総務部屋から追い出す。
そろそろ時間もいい頃、席を外していた同僚たちも戻ってくるだろう。
こんなところを見られてみろ、今週いっぱいは笑いのネタである。
「まったく……せっかくデレたと思ったのに」
そう言いながらも、彼女は素直に出口へと歩いていく。
やっとうるさいのが居なくなったと息をついたところ、隣の部屋のドアからひょっこり白帆が顔を出す。
「あ、そうそう、これを返そうと思ってたんです!」
白い手から差し出されたのは小さな紙袋。
中を覗くと、先日泊まった際に俺が貸した服。
「ありがとうございました!あとそれと」
ドアから半分だけ見える彼女の口角が上がる。
ここからでもあのいたずらっぽい笑みを浮かべているのがわかる。
「それ、好きに使ってくださいね!」
再び紙袋に目を落とすと、小さな銀色の塊がきらりと光った。
ご丁寧に付箋までつけて。
『せんぱいの家は私の家、私の家はせんぱいの家ということで』
一体どういうことなんだ。
手に取った
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