第78話

 少し目を閉じたかと思うと、白帆は柔らかく微笑んだ。俺のカップに添えられた角砂糖を綺麗な指で掴み取ってからここまで数秒。

 どんな心境の変化があったのかは察することもできないが、会社で見るよりメイクは薄いはずなのに、どこか大人っぽさを感じさせる笑顔に心が揺れる。


「……朝からパフェって重くない?」


「いえ、私は重くない人間ですけれど」


 寝ぼけてんのか。

 まともな会話が成立しない。糖分を摂りすぎたらこうなるのか、気をつけよう。


「そんなことより先輩」


 躊躇なく生クリームの山にスプーンを差し込みながら、彼女は口を開く。

 暖かい店内の空気でパフェにのっているアイスがとろりと溶けそうだ。


「私と初めて会った時のこと、覚えてますか?」


「初めて会った時……?なんかのプロジェクトだっけ」


 そういえばいつ会ったんだろうか。

 いつの間にか隣の部署からうちの部署によく来るようになって、俺の同僚とも仲良くなっていたんだよな。


「はぁ〜〜、やっぱり覚えてないか……」


 カップを置いた彼女は深くため息をつく。

 えぇ……そんな運命的な出会いしたか?パンを咥えて走っていたら曲がり角でぶつかるとか、階段から落ちそうなところを助けたとか、実は学生時代からの友人で入社と同時に再開するとか。


 いやいやないない。全くもって赤の他人だったはずだ。今でこそアクシデントがあったとはいえ家に泊めているが。


「それよりため息つくと幸せが逃げるらしいぞ」


「うるさいです先輩、初めて会った時のこと覚えてないくせに」


 ぶつぶつ言いながらも、パフェを掬うスプーンは止まらない。


「大体ですね、女の子はこういうの大事にするんですよ」


 リスのように頬を膨らませた白帆がもごもご喋っている。こいつ、朝から元気だな。

 こちらとしてはさっさと土曜日を満喫したいんだが。


「あー!話聞いてませんね!」


「聞いてる聞いてる、ちなみにどんなだったんだよ初対面」


「教えません、恥ずかしいので!」


 傍若無人が過ぎる。ほんと、嵐みたいなやつだな。


「じゃあ俺が覚えてなくてよかったじゃねぇか」


 そうこうしているうちにお皿は空に。

 客の入れ替わりに乗じて俺たちも席を立つ。外に面した大きなガラスからは柔らかい陽射しが揺れていた。


 綺麗になった彼女のパフェグラスに反射する光に目を細める。

 やっぱり朝から糖分を摂りすぎだと思うのだ。


 レジへ向かって歩く白帆を見て、やっと1人の休日を過ごせる安心感を噛み締めた。

 

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