第76話

 チリーン、と澄んだ音を響かせて俺たちは木造のドアを潜る。

 寒くなってきた外と違って、穏やかな光に満たされた店内は落ち着いた雰囲気で暖かく感じた。


 心地良いくらいの話し声、スプーンやフォークがお皿に当たる音、外よりもゆっくり時間が流れているようだ。


「当たりだな」


「へへ、でしょ?」


 口角をあげながら笑う白帆。

 どうしてお前が自慢げなんだ、たまたま見つけて入っただけだろうが。


 何はともあれ席に着くと、モーニングのメニューを広げる。

 色とりどりの野菜が散りばめられたサラダ、フレンチトーストにハムエッグ、周りから流れてくる美味しそうな香りに脳がくらっと揺れた。


「ねね、先輩はどれにするんです?」


 テーブルに身を乗り出す白帆。

 サイズがあってないせいか、襟首から中が……そこまで考えたところで彼女の着る服を上にくいっとあげる。


「気をつけてくれ、心臓に悪い」


 一瞬キョトンとした表情を覗かせた彼女は、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべると大人しく席に戻った。


「へぇ〜先輩もそういうの気にしちゃうんだ〜」


「そりゃするだろ」


「普段は『俺は何にも知りません』みたいなのべ〜っとした顔してるくせに」


「お、喧嘩か?」


 穏やかなBGMに歌詞を載せるように口から言葉が流れ出す。

 いや、会話の内容は幼稚なんだが。

 1人だったらこんな休日にはならなかっただろう。


 こいつが俺の生活に入り込んでから、どうにも見える世界が眩しい。


 店員さんを呼んで意気揚々と朝ごはんを注文。

 俺は厚焼きトーストにゆで卵、コーヒーのシンプルなメニュー。

 白帆はワッフルにパフェ……。


「なんですか」


 思わず彼女の顔をまじまじと見てしまう。

 昨日コーヒーに砂糖を躊躇なく入れていたところから予感はしていたが、甘党も甘党だな。


「いや、血糖値……」


「すぐ健康の話するおじさん嫌い」


「うるさいわい、まだお兄さんだろうが」


 え?というような表情にいらっとする。

 近くにあった綺麗な顔にでこぴんをお見舞い。


「これが……DV?」


「少なくともドメスティックではないから安心しろ」


「むしろ安心できないでしょ」


 これだけ一緒にいてもまだまだ知らないことがある。例えばこいつの昔の話とか、最近聴く音楽とか、好きな食べ物とか。

 小説を読み終わるみたいに、いつか知らないことも無くなるんだろうか。

 果たしてそんな時までこいつと一緒にいるんだろうか、なんて詮の無いことを考える。


「わぁすごい!見てくださいよ先輩!」


 予想外に早く運ばれきたお皿に釘付けな黒目を追いかけながら、俺も口の端を持ち上げた。

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