第75話
「せっかくならお家の周りで入ったことないカフェとか行きません?」
鶴の一声ならぬ、羊の一声で始まった土曜日の朝活。前を歩く彼女が自分のスウェットを着ているのを見ると、妙な高揚感を覚える。
口が裂けても絶対言わないが。
それにしてもこの辺のカフェになんて入ったことがない。最寄り駅周辺って逆に散策しない。
「お前どこかこの辺のカフェ入ったことあんの?」
「こう見えてもキラキラOLですからね!」
キラキラOLは朝イチ男の家で土下座しないんだよ。
「今、先輩が何か私に超絶不都合なこと考えてる気がするんですが」
「それはいつものことだろ」
ふぁ〜と欠伸を隠すこともせずにぺたぺたと白帆の後を着いていく。
むんっと頬を膨らました頬を指で突くことも忘れない。
「いつもは行かない方面行きましょうよ、駅と反対側とか」
何があるんだ。行ったことはおろか、地図ですら見たことが無い。
俺の行動範囲は自宅と駅、その間にあるスーパーとマンションの下のパン屋だけだ。これを機に探検もありか……なんて。
「おい、騙されるところだった。お前このまま会社行くんだろ。駅と逆方向はなしだ」
鳴らない口笛が聞こえてくる。
せめて吹けるようになってからしてくれ。振り返りながらこちらの様子を伺っているのか、整った顔の半分が目にちらつく。
「会社行かないなら今日寝る時どうするんだよ」
「やだなぁ、それはもちろん、ほら」
真っ直ぐな目でこちらを見つめる白帆。
「もう泊めんぞ」
「えー!!こんな哀れな羊ちゃんを外に……ですか?」
「自分で哀れとか言うな、会社に行きゃ済む話じゃねぇか」
「それはまぁ、先輩家のソファが寝心地良かったからとかいい匂いがしたとかそういう訳ではなくてですね……」
綺麗に掘ってるんだよ、墓穴を。
まぁ朝ごはん食べながら考えるか。結論は変わらなさそうだが。
今にも地面に引きずりそうなスウェットをきゅっと上にあげながら彼女は歩いていく。
俺のサイズだからか少し大きいようだ。
「なんか歩くの面倒になっちゃいました、あそこのカフェにしましょ」
まださっきの会話から5分も歩いてないんだが。
こうやっていつも彼女のペースに巻き込まれてしまうんだろう。
後は行くだけ、と言わんばかりに上機嫌に歩くペースを上げた白帆に腕を引っ張られる。
このままだと今夜もうちに泊まるんだろうか、なんて考えながら俺も歩幅を大きくした。
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