第73話
シャワーを浴びて部屋に戻ると、やけに静かなリビングが俺を迎えてくれた。
窓の外から流れ込む涼しい風がカーテンを揺らす。
満月には程遠い細い月が柔らかな光を投げかける。まるで舞台上の演劇みたいだ。
真ん中のソファには、猫のように丸まった白帆。すぅすぅと可愛らしい寝息を立てている。やはり先にシャワーを浴びてもらってよかった。
「コーヒーでも淹れるか」
今夜はきっと眠れない夜になるんだろう。
リビングの照明を少し暗くしてキッチンへ。
お湯を沸かしながらスマホでスケジュール帳を眺める。次第に、無音だった空間にコポコポという軽快な音が響く。
「おい、そういや明日も明後日も休日じゃねぇか」
普段なら喜ぶべきところなんだろうが、今週に限ってはそういう訳でもない。
なにせ長くてあと2日間、この大きな猫の面倒を見なくてはいけないのだ。
もぞもぞと動く気配を感じてソファを振り返ると、もう秋も深まってきたというのに背中から白い肌が覗いている。
思わず上がる口角には抵抗しない、別に誰が見ている訳でもないし。
「面白いからそのままにしてやろうか」
なんて悪戯心はしまっておいて、ブランケットを彼女の身体を覆うように掛ける。
すると、眠っていると思えない速さで左手を確保される。その仕草は猫そのもの。
そのまま抱え込まれた手とは反対の右手で彼女の黒髪に手を添える。
コーヒーはゆっくり淹れた方が美味しいらしい。それにしても蒸らしすぎか、絹のような触り心地の髪から手を離し、捕まえられていた左手をゆっくりと抜き取った。
うにゅうにゅ言っている後輩をその場に残し、椅子をキッチンへ。
熱いコーヒーを口にする。
……本当はなんでもない金曜日だったはずなのにどうしてこうなった。
実は気づいている。自分の気持ちにも、穏やかで騒がしくて、少し心がざわつくこんな毎日が嫌では無いことに。
好意を口にしたら何かが変わるのだろうか。
年甲斐もなくそんなことに思いを馳せながら、残り半分になったコーヒーにミルクを注ぐ。
真っ黒から綺麗な琥珀色になったそれを再び口へ。
苦いベースの中にもまろやかさが感じ取れるそれはまるで。
ここに角砂糖を落としたとして、果たして甘すぎやしないだろうか。
「今はやめておこう」
一息にコーヒーを飲み干してカップを洗う。水の音で起こしてしまわぬよう気をつけながら、スポンジを走らせた。
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