第72話
鍵を開けて自室に彼女を招き入れる。そういえば、この家に自分以外の人間が入るのは親以外では初めてじゃなかろうか。
「わーいせんぱいの家だ!」
仕方なく自室に招き入れると、廊下をたたっと駆けて1番奥へ向かう白帆。
そしてシャっとカーテンを開ける。夜だから太陽の光はもちろん入ってこない。彼女の住むマンションが前にそびえ立つだけだ。
「ここなんですね〜」
こいつのことだから真っ先にクローゼットを漁るかベッドにダイブするかと思ったのに。
まぁ別に見られて困るものなんてないが。大事なことなのでもう一度言うが、見られて困るものはない。
「えへへ、なんだか変な感じします。私のお家、先輩のお家から見るとこんな感じなんですね」
愛おしそうに窓を眺めると、再びカーテンを丁寧に閉める。
くるっと振り返った彼女の赤い顔を、星々の薄い光が撫でるように照らす。
決して広くない部屋が、いつもよりも狭く感じた。
この雰囲気に溺れてしまいそうで、まだ抗っていたい気もして、堪らず部屋の電気をつける。
「ほら、シャワー浴びてこいよ」
「今いい雰囲気だったのに……。はっ!つまりそういうことですか?」
「どういうことだよ。さっさと寝るぞ、せっかく明日は休みなんだ」
彼女から目線を逸らして手を振る。こいつを引っ張ってきたせいで少し汗をかいてしまった。
昔は金曜と言えば夜更かし、次の日の明け方まで動画を見たり外を歩いたりと過ごしていたが、最近は体力がなくて直ぐに寝てしまう。
「それでですね、先輩。またまた大変申し訳ないお願いなんですが……」
彼女のマンション前で先程していたように、言いづらそうに彼女は口を開く。
もうここまで来たんだ、何言われてもそうそう驚かない。
「あの、寝巻きは先輩の普段着てる服を借りるの確定なんですが」
おい。誰が許可したんだ誰が。
「下着をですね……ちょっとコンビニに」
あー、そっか。
気まずい空気が流れる。こいつ酔ってるくせに理性はあるのか。
確かに俺が買いに行くわけにもいかないしな。
「よし、行くか」
「いやいや、私1人で行ってきます、、、さすがに申し訳ないというか恥ずかしいというか」
慌てて俺の隣を通り過ぎて玄関へ向かう白帆。それに着いていく俺。
こんな狭い部屋で何をやってるんだ俺たちは。
「ほらほら、俺が寝ちゃったらお前野宿じゃん」
「なんでそんなににやにやしてるんですか……!」
なんだか楽しくなってきた。これが非日常ってやつか。
ドアを開けると冷たい風が頬を撫でる。そうか、もう夜は寒い時期か。
エレベーターから降りてエントランスへ。
さっきはお酒も回っていたからか寒さを感じなかったが、薄着だともう辛い。
ふと左側に温もりを感じる。
「まだふらつくか?」
「いーえ!これは……そう、素です!」
言い淀むくらいだったら言わなきゃいいのに。
ふふっと口元を緩めながら彼女は歩き出す。
いつものローファーが鳴らす音は聞こえない、ぱかぱかと俺が普段履いているサンダルが少し前を行く。
頼りない街灯の光も、今はちょうどいい明るさに思えた。
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