第66話
落ち着いた臙脂色の絨毯を進んでいく。外とは違って、ここではヒールも革靴も音を立てない。
「なんだか旅行じゃない、街中のホテルに来るのって緊張しますね……!」
先程までの威勢はどこへやら、白保も背中を丸めて俺の腕へとくっついている。
「ほら、せっかく綺麗なドレス着てるんだから背筋伸ばしとけって」
腕を解いて背中へ手を添わせる。
「なんでこういう時は強気なんですかぁ……」
ホテルマンの方が声をかけてくださり、無事ディナー会場へと案内される。
階段に差しかかれば自然に歩くスピードを落とし、退屈しない程度に話しかけてくれる。こういう接客のプロって凄いなぁと思うと同時に、そのストレスは推し量れないな。
「プロってすげぇな~」
「ちょっと、まだ食べてないのに感動するの早すぎますって」
いつもと違って白帆がツッコミに回ってる気がする。
エレベーターを上がってさらに進む。
やがて通路が広くなったかと思うと、天井の高さが2階分ほどある広間へと到着した。
「それではよいひと時をお過ごしください」
ホテルマンは綺麗にお辞儀をして俺たちを送り出してくれる。
扉をくぐると、さっきまでの絨毯とは違う落ち着いた色の床、丸いテーブルに白いクロスが点々と並んでいる光景が視界に飛び込んでくる。
「こういうの見ると、慣れてないからうっすらどきどきしちゃいます。やっぱあんまり知らない人と来なくてよかった……」
苦笑いと共に彼女は呟いた。
さすがにもう腕を組むことはしないが、俺のジャケットの袖をつまんでいる。
どうして俺に対してはあんなにぐいぐい押せるのに、フォーマルな場所や仕事でミスった時はこんな小動物みたいになるんだろう。
「ご案内いたします」
席を探しているとすぐに声をかけられ、予約札が置かれたテーブルへと案内される。結構人がいるはずなのに騒がしくはなく、むしろBGMとして心地良いくらいだ。
席に着くとコースの説明、そしてすぐに食前酒が目の前に現れる。
連携プレーだ……。
「それじゃあ」
テーブル周りに人がいなくなったタイミングで、細いグラスを手にして目の前に座る彼女へと視線を向ける。
安心したように微笑んだ彼女は、改めて正面から見た彼女は、ここ最近ずっと隣から見ていたせいか新鮮で、俺の体温を上げるには十分で。
「はい、今日は来てくださってありがとうございます」
「いやいやこちらこそ、お誘いいただいて……」
「もう!誘ったのは先輩じゃないですか」
いたずらっぽく白帆は片目を閉じる。
いやあれは誘わされたんだよ、どこかのあざとい後輩に。
「「乾杯」」
2人分の小さな呟きは、会場の中を漂って人知れず消えていった。
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