第67話
次々運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。
テーブルマナーにそこまで詳しい訳では無いが、正面に座るのが彼女だからか、緊張はしない。
「お前、そういうとこちゃんとしてるよな」
スプーンで手前からスープを掬う白帆を見て呟く。
「若いくせに?」
「若いのに、だよ」
極力食器が擦れる音も立てないようにしているからか、彼女の声ははっきり聞こえる。
たまに忘れそうになるのだ、白帆の育ちがいいことを。
何杯目か分からないワイングラスを口へ運びながら、彼女の話に耳を傾ける。
「それで〜、先輩はどうして今日誘ってくれたんですか?」
さぁ、どうしてだろう。
半年前なら絶対に声をかけなかっただろう。薄々気付いているんだが、口にしてしまえばどう転ぶにしろ今の関係は変わってしまうわけで。
自分は彼女とどうなりたいんだろうか。たまに一緒に帰って、あのほとんど隙間のないベランダで星を見ながらお酒を飲めるだけで十分じゃないのか。
うまうまと顔を綻ばせながら、綺麗に切られた肉をフォークで口に運ぶ彼女はやっぱり魅力的で。
ただ、ただ、自分が心臓を揺らされるのは、普段しっかり仕事をしながらも、ベランダの小さな窓から真っ白な腕をだらんと垂らして缶を揺らすあの景色で。
「どうしました?フォーマルな白帆ちゃんに今更見惚れてました?」
見つめすぎたのか、いつもの冗談が飛んでくる。
「あぁそうかもな」
頬の熱を隠すように、再びグラスを手に取る。
数秒の沈黙。
「え?」
白帆はぱちぱちと目を瞬かせている。
「何でもねぇよ」
「え、まって、先輩もう1回!録音するので!うわ、めずらし!デレじゃないですか〜!」
やっぱりこっちの白帆の方が落ち着くんだよなぁ。
とはいえもう学生でもあるまいし、決め事は早急に、一瞬でも揺れた心は大切にしたいのだ。
わちゃわちゃとしだしたあいつのせいで、いや、白帆のおかげでいつもの緩んだ空気が丸いテーブルを漂う。
「この関係、悪くないと思ってるんだよ」
まるで手に持ったボールを軽く放るかのように、羽毛の布団に埋もれるように、ぽんっと言葉が口から漏れ出る。
白帆の先程までのだらっとした雰囲気は、いつの間にか真剣なものになっていて。
口の端を少しだけ持ち上げたその表情は年相応にも、少し大人びても見えた。
「私はですね、先輩」
息を吐いて、再び吸い込む。
「その時がいつでもいいんです。たった今この瞬間でも数年後でも」
お互いに明言は避けているのはほんの少しだけ残った甘さだろうか。
目の前のお皿に残ったソースをパンで拭うみたいに、これまで彼女が俺に散りばめてきた気持ちまで一息に吸い込んでしまいたい衝動に駆られる。
でも、今はまだ。
「さぁどうなんだろうな」
もっと俺の髪が長ければ、耳が真っ赤なのも隠せたのに。
分からないふりをして、デザートに小さなフォークを走らせる。
「ふふ、では待ってますね」
口に入れたフルーツは、逸る気持ちを抑えるのにちょうどいい甘さだった。
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